弐─嘉靖十三年、張(チャン)皇后廃され、翌十四年、曹洛瑩(ツァオルオイン)後宮に入るの事
(4)
「何をやってるんだい」
女の顔を見て、私はあんぐりと口をあけた。
「……どうして、ここに!」
ひざから下のない女――は、こたえず、じいっと私を見ている。
「あんた……いったい、何者なんだ?」
「あたし、昔から、漁門にいたんだよ。最後だから、話しておこうかね。あたしがどうして、ここにいるのかを」
女は、しばられた両手で、前髪をかき上げた。頰がこけて、目が、すっかり落ちくぼんでいる。
「あたしは九歳で、ここに連れてこられた。人売りにね。いくらで売られたのかなんて知らないよ。あたしを売った銀を、順番に誰かが、ふところに入れていったんだろね」
ぽつ、ぽつと語られる言葉の一つ一つが、千斤の重さで、私を圧倒した。
「ふふ……あんた、わかってくれるんだね。こんな話をしても、他人の痛みなんかぜんぜん感じない人ばかりだと思ってた。さいごの話し相手が、あんたでよかったよ。はじめは漁覇翁(イーバーウェン)ってオヤジにもてあそばれるだけだったけど、すぐに客をとらされるようになった。いろんなやつが、あたしを裸にして、のしかかってきたよ。
毎日、まいにち、男と寝るんだ。寝るあいだはぼうっとして、酔っぱらったみたいになってたんだけど、素面(しらふ)にもどると、そのうちいやになっちまった。でも、あたしはそういう星のもとに、生まれついてたんだろね。星にゃ勝てないよ」
「そなた、……そのとき、足を」
「よくわかったね。そうだよ、逃げたら、ひざから下を切り落としやがった。『これでもう逃げられねえだろ』って。それで、このざまさ。足がなくなっても、アレはやれるじゃない? あはは。あたしはまた、逃げた。でも、こんなからだじゃない? 物ごいの親方のところに身を寄せたけど、すぐに見つかっちゃうわね。
ほら、ぴょんぴょんとび跳ねてる子どもらにさ。あのあとすぐに、とっ捕まっちまった。秘密を知った者は、生かしておかないのが、ここの掟(おきて)だよ。あたしにゃ、わかってるんだ。この人生とも、さよならさ。なんで、そんな顔をするんだい」
女は、眉間(みけん)にしわを寄せた。