「あんたが考えるほどさあ、売られた子供ってのは、哀れじゃないかもしれないよ。あんた、あたしが哀れに見えるんだろ?」
「………」
「おあいにくさま、そうじゃないんだよ。あたしはあたしなりの意地もあるし、子供のころは泣いたりもしたけど、いまは、ふしあわせじゃない」
「……こんなところに、入れられてもか?」
「これも、宿業(しゅくごう)なんだよ。前世からの宿業。でもあたしは、信じてる。この世でイヤな目に遭えば遭うほど、前世で犯したわるい宿業を、すこしずつ返せるんだ。大千佛寺の住職が、言ってたよ。イヤな目に遭って、これでもかというくらいに遭って、魂は清まってゆく、来世は軽くなってゆくのだ、ってね。あたしは、それを、信じてる」
女の顔を、まじまじと見た。悲愴感は、感じられなかった。
「これが、あたしの物語さ。さ、もうそろそろ行きな。世話になったね、ありがとう。恩は、来世でちゃんと返すよ」
女は、茫然と立ちつくす私を叱りつけ、脱出の道すじを教えてくれた。
「ほら、しゃんとしな! あんたはまだ、やることがあるんだろ?」
「……すまぬ」
私は格子のすきまから、女の手をにぎりしめ、別れを告げた。
狂宴が繰り広げられている広間までひき返すと、男の怒号と、べつの女の悲鳴が聞こえて来た。しだいに、悲鳴が、金切り声に変わってゆく。殺すか殺されるかの声である。そのあとに、低い笑い声。
頭が、おかしくなりそうだ。
不意に、男の、ものすごい叫び声がした。
「がああッ!」
うおっ、うおっ、という、もはや人をすて、獣と化した雄たけびの合間に、笞か、棍棒のたぐいが、めちゃくちゃに振りまわされる音がした。
「クソッ! おのれがッ!」
「どうされました!」
湯(タン)師兄の声である。
「このアマ、おれの目をえぐりやがった!」
何かが、ころがり落ちるような音。猿(さる)が、猛獣に襲われて、進退きわまったときにしぼり出すような絶叫。そして最後に、鈍い音がして、金切り声がとまった。
ぼおーん、ぼおーん、とひびいて来たのは、時を告げる鐘の音である。
私は地上にあがり、閂(かんぬき)をはずして、そのまま、宵闇にまぎれ込んだ。