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「私は東京から来たムナカタです。これからホテル・パラシオまで行くのですが、あなたは、ポルトではどちらへお泊まりですか?」
「えっ……? ええ、私はアトランティックです」
一瞬言い澱んだようだったが、女は相変わらず澄んだ声ではっきりそう答えた。
「では、私のところと近いですね。今度タクシーが来たら、よろしければご一緒にいかがですか? ここはだいぶ暑いですし、次もなかなか来なさそうですから」
「ありがとうございます。……それでは、お言葉に甘えてそうさせていただきます。私は、エリザベス。エリザベス・ヴォーンと申します」
エリザベスと名乗る女から、ヒヤシンス系だろうか、さっぱりとした香りが仄かに漂ってきた。しばらく会話を交わしていると、やっと二台目のベンツが駅前に横付けされた。エリザベスという女性は大きな旅行カバンを二つも携えている。宗像の荷物を含めると、トランクだけでは収まりきらず、助手席にカバンを一つ押し込むことになった。
「ホテル・アトランティック経由でホテル・パラシオへ」
ちょうど勤め帰りのラッシュアワーと重なったのだろうか、狭い道はおびただしい車で溢れ返らんばかりだった。運転手は左手を外に出して持ち上げると、大声を発しながら右に左にと、わずかの隙間に車を割り込ませながら前進し始めた。
「ポルトへはビジネスですか?」
タクシーが動き始めると、エリザベスが先に口を開いた。
「いえ、バカンスです。ポルトでは最近、現代美術館も出来上がったようですし、それに少し写真も撮ろうかと。あなたは?」
「私は友人の結婚式と披露パーティーに出席いたしますの。それと、せっかくの機会ですからプチ・ヴァカンス。海と魚とポート・ワインで……」
そう言いながら女は微笑んだ。さらに続けて、今度は少し言い澱むと神妙な顔をした。
「でも、式とパーティーは明後日ですので、明日はポルトで何か見たりしませんと……」