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「それでは隣のカジノ・エストリルも、元はといえばロイドが所有していたのですか?」
「もちろんそうです。カジノ・エストリルは、以前、ロイド財団が所有していたようですが、十年前に新しい法律ができましてね。カジノを経営する権利は純粋な国内企業に限られ、外国企業が締め出されたのです」
「なるほど……。だからカジノ・エストリルにもコレクションの絵が飾ってあるのですね?」
「ご覧いただきましたか? 常時は数点くらいのようです。カジノの美術品は全てこちらから運び込んでおりまして、定期的に取り替えているはずでございます。ですから、美術館の収蔵品もカジノの絵もあとわずかな命ということでまことに残念です。それに、美術館の方は、直接公園側から入れる高級ブティックに改装されるとお聞きしております。何しろここは世界中からお金持ちのお客様が大勢いらっしゃる場所ですから。ところで宗像様、ロイドさんとはご関係がおありなので?」
「いいえ。でもありがとう、おかげでいろいろなことが分かりました」
宗像はポケットから五百エスクード札をつまみ出すと、握手をしながら掌に潜ませ、そっとコンシェルジェに手渡した。
「恐れ入ります宗像様……こんなにたくさん。ホテル・ライフをお楽しみください」
慇懃な感謝の言葉が肩越しに聞こえた。そうか、それであのカジノに美術館所蔵のフェラーラの絵があったのだ。わずか二十八枚しかないはずの絵なのに、またもやロイドが絡んでいるとは驚きだった。
このエストリルでフェラーラの絵が突然眼前へ現れ出た思いもよらぬ現実。もはや引き返せそうにないフェラーラの世界に、恐ろしい速さで引き込まれて行く自分の姿に宗像は強い戦慄を覚えた。
ほんの最初は、素晴らしい出来栄えの絵と、そこに描かれた美しい女に対する興味から始まった。しかしそれはあらぬ方向へと転がり始め、さらに見えない多くの疑問まで加わって膨らみ始めた。
フェラーラとアンナ。それにコジモとロイド財団までもが濃密に関係している? ロビーを行き交う人たちを見遣りながら、宗像はチェック・アウトの時間が迫っていることに気がつき、レセプションに車の手配を頼んだ。
「タクシーを一台。サンタ・アポローニア駅まで」