弐─嘉靖十三年、張(チャン)皇后廃され、翌十四年、曹洛瑩(ツァオルオイン)後宮に入るの事
(3)
近しい人が、一人、またひとりと、いなくなってゆく。
籠のなかの鳥――この市(まち)を生きる人は、みなそうなのか?
批判も揶揄も諷刺も、なにもかもがゆるされない。いっさいだ。冗談でした、ではすまされない。口にしたとたんに、縄をうたれる。直接には聞かれなくとも、ごていねいに注進におよぶ人が、そこかしこにひそんでいるのだ。さらにはそれをまねて、私設の密告組織をつくる商家も出るしまつだ。
一人でいたくない。
追いつめられれば、だれでもいいから、話をしたくなる。かなしみを共有して話しあいたい、つまりは救われなくとも、爪のさきほどでもいいから、なぐさめがほしいのだ。
石媽(シーマー)の部屋に、行ってみるか? 彼女なら、きいてくれるかもしれない。いや、きっと、きいてくれるだろう。
はたして、管姨(クァンイー)の目をぬすんで、畜舎まで行けるかどうか?
(見つかったら、何をされるか、わかったもんじゃないからな)
厠へゆくふりをして、下宿をあとにした。とちゅう、大部屋に寝泊まりしている西山楼(せいざんろう)の従業員とすれちがったが、もう引き返さなかった。
密告するなら、やってみろ。
かつて羊七(ヤンチー)がいた畜舎、いまは石媽(シーマー)が女の細腕で切り盛りしている畜舎へと、夢遊病者のようにあるいた。
「石媽(シーマー)、わしだ」
小声で呼んだ。
彼女は、朝、私が助言したとおり、病気をよそおって寝ていたが、こちらに気づくと、むっくり起きあがった。
「こんな時間に、どうしたんだい? 見つかったらおしおきだよ」
「気分は、どうだ」
「心配して来てくれたの? あたしは大丈夫よ。……あれっ? 顔色がわるいよ。熱でもあるんじゃないの?」
「ああ」
「元気なさそうだね……なあに、こんどは、そっちが熱病になっちゃったの?」
私は、柱にもたれかかるようにして、とびらの内側に入り込んだ。
「知り合いが、東廠につかまって、殺されたんだ」
石媽(シーマー)が、さっと顔色をかえた。
「つかまるところ、見たの?」
「何日かまえから、姿を見なくなった。昼間、人づてに聞いた。わしのとなりで、おもちゃの商売をしていた」
「……かわいそうにね」