【前回記事を読む】医師になって2か月、高熱で泣き叫ぶ子どもを3人がかりで押さえ、麻酔なしで背中に針を刺さなければならない…検査を前に、私は躊躇し……

小児科研修医時代 1985年4月〜1987年3月

小児神経7 鬼手仏心の精神を知る

ある時、髄膜炎を疑うが首があまり硬くない幼児を診察した。髄液検査をすべきか自分では判断できず、科長に相談した。科長の返事は明快だった。

「疑うのならやりなさい。髄膜炎は絶対に見逃してはならない疾患だ。たとえ結果が正常だったとしても構わない」

結局、この子は無菌性髄膜炎だった。もし化膿性髄膜炎だったとしても、早期に適切な治療を開始すれば、後遺症を残さず治すことが可能だ。抗生剤を投与して早ければ3日で熱が下がり、食欲も出てくる。

この子は、1週間後にはだいぶ元気になり、点滴を外して早く家に帰りたいと言い出すほどだった。たまたま点滴箇所が腫れた時、子どもは点滴の刺し直しを嫌がった。私は情に流され、予定より退院を数日早めようかと思ったが、科長は許さなかった。「中途半端な治療はするな。情に流されないで、最善の治療をするだけだ」

学生時代、麻酔科の教授が「鬼手仏心」という言葉をよく口にしたのを覚えている。外科医が残酷なほど大胆な手術を行うのは、何としても患者を救いたいと思う温かい心からだ、という意味だ。

小児科医は手術をしないが、子どもを良くしたいと思うがゆえに、時には鬼のような行為をしなければならないことを、医師になった最初の年に叩き込まれた。

――秋田魁新報 2013年3月5日掲載