小児神経8 共に過ごし観察力を磨く
知能指数が35以下で、立つことができない子どもを重症心身障害児と呼び、略して重心児と称する。私が初めて重心児を担当したのは、医師になって1年目、横手市の平鹿総合病院で小児科研修をしている時だった。
その女の子には珍しい染色体異常があった。乳児期から重度の発達遅滞があり、ミルクを十分に飲むことができなかった。そのため、鼻からチューブが入れられ、胃に直接ミルクが注入された。普段は自宅で家族が見ていたが、風邪を引くとすぐに呼吸状態が悪くなり、入院してきた。
小児科病棟には、看護室の隣に特別室があり、付き添いなしで看護師が患者を見てくれた。その子はこの部屋の常連となった。
入退院を繰り返すうちに、家で過ごすより、病院で過ごす時間の方が長くなった。体調が悪くなると突然呼吸が止まり、みるみる顔色が青黒くなる。そのため、心拍と呼吸をチェックする機器を付け、呼吸が止まればアラーム音が鳴り響くようにした。
呼吸が止まっても、すぐに胸を叩いて刺激すると、目を開け呼吸を再開する。しかし、タイミングが遅れると、刺激しても呼吸が戻らず、バッグ換気(注1)を行う事態となった。時には気管内挿管し、人工呼吸器を使うこともあった。
同じ部屋に看護師がいても、他の子を見ていると、呼吸停止時にその子への対応が遅くなることがあった。不安を感じた私は、その子が入院すると、状態が安定するまで可能な限りベットサイドで過ごすようにした。
夜は看護師の人手が減るので、折り畳み式簡易ベッドを持ち出し、その子のベッド脇で一緒に寝た。そして、アラーム音が鳴ると、飛び起きてその子の胸を叩いた。数日間そんな対応を続けて、徐々に状態は改善した。
一緒に夜を過ごす必要がなくなり、ようやく自宅で眠れるようになっても、しばらくは夢の中でアラーム音が鳴り響き、目を覚ます夜が続いた。
研修医時代、私はできるだけ患者と一緒にいる時間を作った。親や看護師が気付く前に、自分が患者の異変に気付きたいと思ったからだ。早く気付き早く対応すれば、状態を悪化させないで済むのだから。
臨床医が観察力を磨くには、可能な限り時間をかけ、多くの回数、患者を診るしかない。現在、私は日常的に重症児を診ているが、声にならない患者の訴えに耳を傾ける能力は、この子との出会いの時から養われ始めたように思っている。
――秋田魁新報 2013年4月23日掲載