【前回記事を読む】「俺にとってあのガキは、愛する女を奪った張本人なんだよ」実の娘を愛せないヤクザの組長。葬儀の途中で姿を消し、二度と帰ってこなかった理由は……
Case:C 娘の選択
ただ、これだけならまだ可愛いほうである。酷い時には机の中や下駄箱にまで危害が加わるのだ。使用済みの生理用品が詰め込まれていたり、体操服に経血で書かれたと思しき落書きがあったり、ローファーや上靴に精液がかけられているのを見つけた時はさすがにキツかった。
だから極力肌身離さないよう持ち帰れる物は毎日持ち帰っている。カバンが重たくなるが、そこは鬼塚の送迎に助けられる形だ。
嫌われるようなことはしていない。そもそも極力他人と関わらないようにしてきた。とはいえ初めからこうだったわけではない。これでも入学当初は友人がいた。しかしヤクザの娘であると知られた途端、友人たちは初めからいなかったかのように去っていった。
授業で分からないことがあった時、あとから聞きに行ったら優しく教えてくれた先生も忙しさを口実に断るようになった。
こうして振り返ってみると、平和だったのは入学後せいぜい一ヶ月程度だった。噂話というのは何年経とうが絶えることがなく、ヤクザの娘どころか殺人犯の娘だということも瞬く間に拡散された。ネットやSNSの発達を恨まなかった日はない。
こんな思いをするくらいなら生まれたくなかった。恵まれた容姿も経済的な余裕はもちろん、人並みの幸せすら必要ない。
欲しかったのは安らげる空間。ほんの一畳あれば充分だ。誰にも見つけられず、構われず、放っておいてくれる自分だけのスペースがあれば。
ヤクザは皆を不幸にする。麗奈だってヤクザと関わりさえしなければ今でも笑って暮らしていたかもしれないのに。
もう一度会いたい。会って、手を繋ぎたい。ありがとう、とひとこと礼が言いたい。また一緒に暮らしたい。
鬼塚に対しても申し訳なく思っている。竹虎にさえ会わなければヤクザにならずに済んだのに。
本人は拾ってもらった恩があるからと言うがどう考えてもヤクザ向きの男ではない。ちょっとガタイが良くて顔が少し怖いだけ。せいぜい『昔はヤンチャしてました』というレベルだ。ヤクザ世界での立場や出世になんら興味を持たず、自分の恩人と生き涯にだけ心血を注ぐ不器用で愛おしい男である。