【前回の記事を読む】アパートに行くと、義父は電気もつけずにぼんやり…「お義父さん、本当にごめんなさい」涙が出た。夫がいつまでたっても話さないせいで…
二 葛藤
敏のページ
その日から麻衣の言葉がずっと頭から離れなかった。仕事をしている時は集中しているので良かったが、電車に乗っている時や食事をしている時などは、どうしても考えてしまう。職場の先輩にも相談し、親の問題についてはアドバイスをもらえたが、この重苦しい胸のつかえは取れなかった。どうすればよいか思い悩んでいた時、電車の中づり広告が目に入った。
「家庭内の不和は家族間で作られる上下関係が原因ではないか」という見出しだった。その文字を見て思い返してみる。
職場で「圧が強い」「迫力があって怖くて言い返せない」というレッテルを貼られたのは、四十代になるかならないかの頃だった。銀行が危機的状況になっていた時期に、何としても生き残るため半ば強引に仕事をしてきた。
いつの間にか自分だけでなく、部下にも同じことを求めていた。それは仕事だから仕方がないと言い訳できる。けれど、同じことを家庭に持ち込んでいたようにも思う。
毎日へとへとだった。だから美幸にはいつも居心地の良い家庭を作ってほしかった。彼女もそれを望んでいると思った。でも振り返ってみれば、あの頃から美幸が僕の顔色を見て話をするようになった。
「何か言いたいことがあるようだ」と感じても、「言いたいことがあればいつか話すだろう。美幸が何も言わないのはそんなに重要なことではないんだろう」と勝手に思い込んでいた。僕は僕だけが居心地の良い家庭を作り上げようとして、美幸や麻衣にとって同じような気持ちになれる場を作ろうとしてはいなかったかもしれない。
「お前は最悪だ。一番大切なものを自分で知らない間に壊してきたんだから」と心の声がした。その言葉におののいた。
でも実際に美幸と話せたのは、数日経ってからだった。どう言えばいいかわからなかったし、正直怖かった。