【前回の記事を読む】「もう、義務は果たした」…父に捨て置かれた母は、皇子の顔を見るたび涙を流してしまう…その理由を知った彼はまだ10歳で……

第二章 暮れ秋の森

稚鷦鷯の笑顔は一瞬で消えた。

「俺、まだ大王になるなど、考えられない。父上だって、病気が治れば、また元のようにお仕事をされるだろうし」

一瞬、鮪の顔が曇る。稚鷦鷯は些細な変化に気付かず続けた。

「それに、真鳥が何もかもやってくれている。俺がいなくても大和は大丈夫ではないかって思うこともある」

「も、申し訳ございません。父は分を弁えず……」

鮪は勢いよく頭を下げた。

「違う。真鳥を責めているわけではない」

「あっ、いえ。あのぉ、実の父ではありますが、あの人は権力を振りかざしていると思うのです。父は大臣なのです。大王ではありません。それなのに、父の振る舞いは、まるで大王がごとく。

連である麁鹿火(あらかい)様や金村様をないがしろにしています。

し、しかし、私はそんな父に意見することすらできません。申し訳ございません」

力なくうなだれた。

「それは、鮪が謝ることではない。

それにしても、鮪は真鳥殿に全く似ていない。いつも『あ、あの』とか『い、いえ』とか『で、でも』ばかりだ」

「ええっ? そ、そのようなことは……」

「ほら、その『そ、そのようなことは』もそうだ」

稚鷦鷯は指さして笑った。

「あっ、た、確かに、そうかもしれません。ハハハ」

鮪もつられて笑った。

ふっと、鮪は手にしていた剣に目をやった。そして、何かを決意したように、パッと表情を引き締めた。

稚鷦鷯の前で片膝立ててひざまずき、幼い皇子を見上げた。

「稚鷦鷯様」

恭(うやうや)しく名を呼んだ。

「稚鷦鷯様は大王になるに相応しい方です。

お優しく、向上心もおありです。これから体が大きくなれば、誰よりも強くなれるはずです。

きっと立派な大王になります。

そのお姿を見るために、私は全力を尽くします」

そう言って、稚鷦鷯の剣を掲げた。初めて見る鮪の真摯な表情に稚鷦鷯は戸惑いと緊張を感じた。しかし、その後で湧いてきた嬉しさに、気弱な感情は吹き飛んだ。剣を右手で受け取り、

「わかった。頼むぞ」

と、弾んだ声で答えた。

「承知いたしました」

一礼してからニコッと微笑んだのは、いつもの穏やかな鮪だった。

鮪はゆっくりと立ち上がり、稚鷦鷯に向き直った。

「ですから、ご自分を守る剣も学ぶ必要があります。

……それに、剣は自分を守るだけではないのですよ。大切な人を守ることもできます」

「大切な人?」