「はい。か弱き女性を守るのは、男子の義務でもあると、私は思っております。いずれ、皇子様にも大切な女性ができるでしょう」

「大切な女の人とは、母上のことか?」

「ああ。はい。確かに……」

鮪は口を真一文字にしたままうなずく。そして、斜め上を見つめながら、瞬きを繰り返した。

「えー、皇后様も大切なお方ではありますが。

稚鷦鷯様。男子は愛する女性を守らなくてはなりません」

「愛する女性とは、妻となる人のことか?」

「は、はい。そうですね……。いや、でも、愛していても、一緒になることはできない人もおりますし……。愛しい人と添い遂げられれば、それはとても、幸せなことだけれど。でも、そううまくいくわけではないし……」

稚鷦鷯は首を傾げた。鮪は一人問答をして、考え込んでしまった。

「よし! 鮪。山へ行こう」

突然に、稚鷦鷯が言いだした。

「え、ええっ?」

あまりに急に話が変わり、鮪は目を丸くした。

「狩りをするのだ。

よくはわからぬが、お前は何か悩んでいるのであろう。最近、様子がおかしい。獲物を捕まえれば、きっと、気分が晴れる。今から行けば、陽が沈まぬうちに帰って来られるだろう。

鮪は弓も名手ではないか。狩りではいつも一番たくさんの獲物を獲ってくる。

でも、今日は俺だって負けないぞ。弓は金村に教えてもらったし、筋が良いと、ほめられたのだ。見ていてくれ。

よし。俺が弓矢を取ってくる」

稚鷦鷯は踵を返して、宮へ向かった。軽やかに駆けていく後ろ姿を、鮪はただ見送った。

この思い付きに稚鷦鷯の心は弾んだ。しかし、宮の者に見つかったら反対される。こっそりと出発しなければならない。

ところが、弓矢を持って戸口まで来たところで、いちばん見つかりたくない人物とぶつかってしまった。連の金村だ。彼も急いでいた様子。慌てて謝っていたが、相手が稚鷦鷯と知り今度は怪訝そうな顔をした。

「皇子様。弓など持ち出して、何をされるのですか」

金村は稚鷦鷯の世話人もしているため、行動を逐一把握する必要がある。

稚鷦鷯はニコッと微笑み、

「弓の鍛錬をするだけだ。鮪が教えてくれる」

と、言った。

「宮の中でされるのですか? 本日は特に人が多く出入りしております。少々、危険かと。弓は明日にでもいかがでしょう」

金村もニコッと微笑み返した。筋が良いとほめてはいたが、稚鷦鷯の矢はどこに飛んでいくかわからない。

稚鷦鷯は周囲を見渡した。金村の言った通り、慌ただしく人々が行き交っている。薬師や祈祷師の集団も見受けられる。

「父上のお加減が悪いのか?」

「……いえ、いつもとお変わりはないのですが。念のためと思いまして」

「そうか。それならば大丈夫だな。裏の山に行くだけだから、心配はいらない」

と、言い放って、稚鷦鷯はつむじ風のように駆けぬけた。

試し読み連載は今回で最終回です。ご愛読ありがとうございました。

 

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