【前回記事を読む】「お前にこの子の母親になってほしい」ヤクザの男が養子縁組を頼むと、女は「いいよ」と即答。だが書類を見て「ただし条件がある」と言い出し……
Case:C 娘の選択
「麗奈……」
「アンタは底抜けに不器用だから、ヒナの養親になったアタシが自分の子どもを持てなくなるかもとか、ヤクザの女にさせてもいいのか、なんていらない気を回してるんだろうね。でもアタシはクソ親の元で育ったから血の繋がりとかハナからどうでもいいし、アンタと同じ部屋で暮らせるのならそれ以上は望まない」
「……」
「それにどうせアタシは子どもを……」
「なんだ?」
「いや、なんでもない。今のは忘れて」
「お、おぅ」
「とにかく! ダイちゃんも死なないでね。もうあの子から親を奪っちゃだめよ」
言いながら麗奈はカウンターに置かれているふしくれだった手に己のそれを乗せる。鬼塚は与えられてばかりの自分が情けなくなったことと、嬉しさでこみ上げるものを抑えられなかった。
鬼塚の前では見栄を張ったが、実を言うと麗奈は結婚に良いイメージを持っていなかった。理由は単純。親が不仲だったからだ。
若い時分から大酒飲みだった父親は早くに肝臓を悪くし、長時間働けなくなったことで職を転々として、ある時を境に本格的に働くことをやめてしまった。時折り金属回収などを請け負って日銭を稼ぐ程度で、その金属回収だって正規の手続きを踏んでいたのかは幼い麗奈の知るところではなかった。
母親は少しでも家計の足しになるようにパートの時間を増やしたものの、大した経歴や資格など持ち合わせていない一介の主婦では限度があり、生活の質はほとんど向上しなかった。パートで家を空ける時間が増えたことで家事もおざなりになった。
それに加え、昼間から酒を飲む余裕があるにも関わらずちっとも家事をしない夫に苛立ちが募って元々抱えていた更年期障害が悪化してしまった。
麗奈に安寧の地などなかった。家へ帰れば両親はいつも喧嘩をしており、時には皿が割れ、家財道具が散乱する。
そんな家に帰りたくないと思うようになったのはごくごく自然なことで、麗奈はいつも外で時間を潰していた。そうすると「帰りが遅い」と手を上げられるようになったが、一瞬痛い思いをするだけだからまだマシだった。
その両親が今、どんな暮らしをしているのかは知らない。家を飛び出して鬼塚と出会った時はまだ未成年だったのに捜索願いすら出さなかったのだからとっくに縁は切れたと思っている。
とにかく死なずに脱出できて良かった。一歩間違えれば虐待で殺されていたかもしれない当時と比較すれば今の暮らしは天国だ。