【前回の記事を読む】漁師一家に生まれた私。小さく虚弱で引っ込み思案な子供時代、いじめられるといつもかばってくれたのは大好きな祖母だった。
第一部 自叙伝
Ⅰ 生い立ち
小学二年生の頃男3人兄弟だったこともあり、母親は一人女の子が欲しかったと言っていたので自分が女の子になろうと努力したのをおぼろげながらに覚えています。ピアノを習いに行って可愛いキャラクターのグッズを集めたりしたこともありました。私がファッションに興味があるのはその頃の影響かもしれません。
私自身は小学校低学年くらいまではかなり引っ込み思案でしたが、明るい性格で友達もいたりかけっこなども足が速かったこともあって、楽しい小学生時代でした。少年野球チームに入り、三年生までは野球をやっていました。
小学校四年生の時3つ上の兄が中学受験を目指して勉強し親に褒められているのを見て、自分も勉強をしていい学校に入って親に褒めてもらいたいと思い、塾に行かせてもらうようになりました。地元の小学校から3名がその塾に行くようになりました。
小学五年生ぐらいから勉強に打ち込み、友達と遊ぶ時間も少なくなり、友達とはだんだん距離ができてしまいました。その代わり勉強の成績は良くなり、進学塾だったので学校の授業よりレベルが高い勉強をしていたので学校のテストは当然のようにほぼ100点に近い点数ばかりでした。
特に得意な科目は歴史でした。しかしそれが、周りのひがみややっかみにつながったのか、仲間外れにされるようになっていき、小学校高学年当時のクラスの友達から露骨ないじめに遭うようになってしまいました。
いじめ
仲間はずれに立ち向かう勇気もなく、いじめは日に日にエスカレートしていきました。小学六年生の三学期にはとうとう不登校になってしまい、学校内でかなりの問題になっていたようです。その時の仲間はずれにされた寂しさや劣等感は私の心のトラウマになっていて、今でも当時の佐賀の同級生に会うのは苦手です。
多分私のあきらめない粘り強さや打たれ強さはそんな体験をバネにして生まれたのではないでしょうか。私は弱い者いじめは大嫌いです。人間関係で言い争いをすることや憎み合うのは本当に嫌です。
小学校を卒業すると私は地元の佐賀黒潮町の親元を離れて高知市内の中学校に入学することになり、寮での中学生活が始まりました。今思えばいじめに遭って精神的にも弱くなり、身長は140㎝もない小さな子供をよく親元から離す決断をしたなと親の愛情に感謝しています。