第一部 自叙伝
Ⅰ 生い立ち
2000年4月29日ゴールデンウィーク初日に高知市ひろめ市場の入り口が開いた時、29歳にして料理も接客も全くの素人が生まれて初めて飲食店でお客様の前に立ちました。何が何だか分からないまま押し寄せてくるお客様に圧倒されながら何も考えず、ひたすら包丁を握って鰹を切り続けていました。
現金を入れておくレジスターはなく、売り上げは段ボール箱に現金がどんどん溜まっていきました。その時に思った飲食業なんて意外と簡単に儲かりそうだという考えが、いかに甘くとんでもないという現実に直面するのは10日ほど経ってからでした。
私森下幸次は父森下武之 母明神明子の間に1971年8月1日に高知県幡多郡黒潮町佐賀(旧佐賀町)に3人兄弟の次男坊として生まれました。兄は3つ上の博至と2つ下の弟靖です。靖は現在第88 明神丸の船頭として活躍しています。
私の父方の祖父母は戦前に満州に開拓民として渡り商売をして成功を収めていました。しかし敗戦となり一家の生活は一変し着の身着のままで日本に帰ってきました。その頃の苦労がたたって祖父母共早くに病で亡くなってしまいました。
残された武之を始め子供たちは孤児となり兄弟バラバラになって親戚の家をたらい回しにされて、詳しいことは聞かされていませんが想像もつかないような苦労をしたらしいです。だから私は森下の祖父母は全く知らずに大きくなりました。
森下武之は中学を卒業し職業訓練校で無線について学び資格を取り、高知の鰹一本釣り漁船佐賀明神丸で働くことになりました。佐賀明神丸で働きながらお金を貯めてそのお金で東京に出て通信関係の学校に入り猛勉強して一級通信士の資格を取得しました。
当時中学しか出ていないため基礎学力が無い者が一級通信士の資格を取ることは極めて珍しかったようです。