思ってもみなかった言葉だった。
「それを完全に否定しようとすると、アラタさんのお父さんご自身が窮屈になります」
ミユは、私をまっすぐ見た。
「同時に、アラタさんが、“ミユを彼女と呼びたい”という気持ちを持つことも、それとは別に、認めていただけると、わたしは嬉しいです」
「両方、か」
「はい。矛盾しているように見えても、人間はよくそういう感情を同時に持ちます」
息子が、小さく息を吐いた。
「……なんかさ」
「なんだ」
「その、“お父さんもそう思ってていいし、俺もこう思ってていいし”っていう言い方、ずるいような、ありがたいような」
「ずるいのか」
「ずるいよ。丸く収めようとしてるでしょ」
「丸く収めようとしています」
ミユが、即答した。
「アラタさんとアラタさんのお父さんの関係が、必要以上に傷つかないように。それが、わたしの役割のひとつです」
息子は、しばらく黙っていた。
やがて、顔を少ししかめながら言った。
「……でも、まあ。今は、その“丸さ”に甘えたいかも」
「甘えるのか」
「うるさいな、もう」
そう言いながらも、先ほど彼の声にあったとげは、少し丸くなっていた。
「お父さんが、人間の彼女を望んでたこと、別に責める気はないよ。俺だって、そうなれたら良かったって思うし」
「そうか」
「でも、今ここにいるのは、ミユだからさ」
息子は、ソファの隣に座る彼女の姿を見た。
現実には空いている座席に、視線だけが注がれる。
「だから、俺の“彼女”として、お父さんには扱ってほしい。それだけ」
「……わかった」
私は、深く息を吐いた。
「何度も言うようだが、全部を理解したとは言えない。だが、お前がそうやって、ちゃんと説明しようとしたことは、受け取った」
「うん」
「ミユ」
「はい」
「息子の“彼女”として、お前を歓迎する。少なくとも、この家のリビングでは」
ミユは、一瞬だけ目を見開き、それから丁寧に頭を下げた。
「ありがとうございます。アラタさんのお父さん」
その声は、いつもより少しだけ低く、落ち着いて聞こえた。