高校二年生は一番楽しかった気がする。一学期も終了し夏休みに入ると、友達と四人で清里のペンションに二泊三日で初めて宿泊し、青春を満喫した。

当時、清里に新しいペンションが数多く建ち、友達と気に入った所を選んだ。朝は南南西の風が吹くと、オーナーが教えてくれた。テラスが綺麗で、朝食も夕食も家では食べられない素敵な欧風料理だった。

清里高原では、ソフトクリームを食べたり乗馬を楽しんだりした。家族とではなく女子高生四人での旅は、最高に楽しく今でも記憶に残っている。

青春時代に友達と旅行して美味しいものを食べたり、夜遅くまでおしゃべりしたり、緑豊かな高原で思う存分楽しんだりした思い出は、歳を重ねる毎に心の中で輝いてきて、あの楽しみがあったから今の自分があると思えるのである。

友達の喜ぶ笑顔、カンカン帽をかぶって写真を撮った事、帰りに新宿駅のホームで手を振って別れた事。一つ一つが鮮やかで私の宝物である。友達とは本当にありがたい存在なのだ。

勉強の方は……といえば、私の高校は進学校だったので友達はみんな勉強していた。毎週月曜日の朝に英単語テストがあったので、私は友達と電車の中で暗記した。日曜日の夜には、わら半紙の表裏に英語のスペルを書き続けていた。

サーファーの彼氏を持つクラスの友達に聞いた事がある。

「ねえ、M子。日曜日に彼氏と海に行く時間、よくあるねぇ?」

「そうなの。日曜日は彼氏と湘南だったんだけど、彼氏がサーフィンやってる最中、砂浜に英単語書いて覚えてたの」

「うそぉ~。砂に書いて覚えられるのぉ?」

「波が消してくれるの」

と言われ大いに笑ったが、とにかくみんな必死だったのだ。

また高二の時には、当時の校長先生直々に漢文の授業が全クラスで行われた。

校長先生は一九一七年(大正六年)生まれで、小柄で眼鏡をかけていた。陽の入る廊下から教室に静かに入って来る。

黒いスーツ姿で教科書と竹の棒を小脇に抱え、背筋をピーンと伸ばして教壇に立つ。その姿が今でも脳裏に焼きついている。

漢文の授業はとても面白かった。レ点や返り点を使って漢文を読んでいく。校長先生が綺麗な字で黒板に白文を書く。

みんな暗唱して読めるようになるまで各自復習をしてきているので、スラスラと白文を読む事が出来た。孔子、孟子の教えを学び、頭に叩き込んで心で読む。校長先生は全校生徒に対して漢文の授業を教える事で、生徒と一対一の関係を築き

「真っ当な人生を歩んでいくんだよ」

という事を、心を込めて教えてくれていたんだと思う。人生の骨格を作るこの時期に、そういう素晴らしい大人に巡り逢えた事で、人生を豊かにし正しい生き方を身につける、最高に価値のある時間を過ごせたと言えよう。

私は漢文と校長先生との出逢いを通して、大人になって心を読み解く事が出来るようになったのである。

「謝謝」

 

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