【前回の記事を読む】妊娠禁忌の難病だったのに、妻は産んだ。そして死んでしまった。「申し訳ありませんでした」それ以上の言葉が出ない僕に、ご両親は…
5.
最初の方は、ほとんど眠れなかった。
葵が泣くたびに起きた。ミルクを作った。飲ませた。げっぷをさせた。寝かせた。また泣いた。また起きた。それを繰り返した。
朝になったとき、渉は台所でぼんやりとお湯を沸かしながら、窓の外を見た。冬の朝日が差し込んでいた。
体が重かった。頭が回らなかった。
でも葵がまた泣いたので、渉はお湯を火から下ろして、葵のそばに戻った。
育児は、思っていたよりずっと大変だった。
沐浴は最初、怖くてたまらなかった。こんなに小さな体を、自分の手で支えなければならない。渉は毎回、息を止めながら葵を湯の中に入れた。ミルクの温度が合わなくて、全身で拒絶された。ゲップがうまく出なくて、吐かれた。オムツの替え方が甘くて、漏れた。
全部、初めてのことだった。助けを求める相手がいなかった。
武田さんに電話したこともあった。「俺に聞くな」と笑われた。でも翌日、武田さんの奥さんが家に来てくれた。「夫から聞いて」と言いながら、沐浴の仕方を一から教えてくれた。目頭が熱くなった。
千春の両親も、週に一度来てくれた。
最初の時、渉は申し訳なくて仕方がなかった。彼らの大切な一人娘を死なせてしまった、という気持ちが、渉にはずっとあったからだ。
でも千春の母は「葵ちゃんのことは一緒にやりましょう。家族なんだから」と言ってくれた。その温かさにどれだけ救われたことだろう。それからは、千春の両親が来てくれる時間が毎週の楽しみにもなっていた。
*
千春の日記を見つけたのは、葵が生まれて2か月が経った頃だった。
渉は、千春の荷物を少しずつ整理し始めていた。クローゼットの奥に、千春の私物をまとめた小さな箱があった。アクセサリーや、好きだったポストカード、それから1冊のノートが入っていた。
表紙に何も書いていないノートだった。開いてみると、千春の字が並んでいた。日記だった。