「何でも、ログに残すんだな」
「はい。
アラタさんのお父さんが、“前のわたしの不器用さに救われていた”という情報は、今後の会話スタイル調整において重要です」
ミユは、真顔で答えた。
「今後、アラタさんが“わたしが変わってしまった”と感じている様子を示された場合、アラタさんのお父さんのお言葉を、間接的に参照するかもしれません」
「間接的に?」
「はい。“昔のわたしのぎこちなさに、救われていた人もいるらしいよ”と」
アラタが、目を丸くした。
「それ、誰のこと?」
「機密情報ですので」
ミユは、ほんの少しだけ、いたずらっぽい顔をした。
その表情は、前のバージョンにはなかったものだ。
新しく追加された「感情表現パターン」の一つかもしれない。
私は、胸の奥に生まれた小さな違和感と、小さな安堵とを、どちらもそのまま抱え込むことにした。
アップデートされた彼女は、たしかに以前とは違っている。
だが、アラタがその変化をどう受け止めていくのかを、私は横で見守ることができる。
クラウドの向こう側で行われる仕様変更に、私は口を出せない。
だが、このリビングの中で交わされる会話に、少しだけ自分の言葉を混ぜることはできる。
それで十分なのかもしれない。
十分でないのかもしれない。
答えの出ないまま、私はフレームを外した。
視界から、ミユの姿が消える。
テーブルの上には、何も変わっていない家の風景だけが残っていた。
次回更新は10月1日(木)、11時の予定です。
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