【前回の記事を読む】妻の入院中、医者は数字ばかり使って説明してきた。だが、夜中に彼女の手を握っていたとき、私が感じたのは数字ではなく…
息子にAIを彼女として紹介されたらどうしよ
第5章 アップデートの日
アラタは、複雑な顔をした。
「それってさ、俺が“取り残されてないふり”をしたら、ミユはそれを信じちゃうってこと?」
「はい。アラタさんの自己報告は、わたしにとって最優先の情報源です」
「……めんどくさいね」
アラタが、半分冗談めかして言った。
「取り残されてるかどうかを、正直に申告しなきゃいけないのか」
「それは、人間同士でも、似たようなものかもしれん」
私は口を挟んだ。
「家族の中で、“大丈夫”と繰り返しているうちは、大丈夫じゃないことが多い」
妻も、最後まで「大丈夫」と言い続けていた。
私も、「大丈夫だ」と返し続けていた。
そのやりとりのどこまでが本気で、どこからが互いへの配慮だったのか、今でも判然としない。
「ミユ」
私は、改めて彼女のほうを向いた。
「アップデートで、お前は“賢くなった”のか」
少し乱暴な言い方になった。
「賢い、という言葉の定義にもよりますが——」
ミユは、考える素振りを見せた。
「少なくとも、以前よりも多くのパターンを扱えるようになりました。
より複雑な感情表現に対応し、長い期間にわたる会話の流れを保持できるようになりました」
「それは、賢くなったとも言えるし、
単に“容量が増えた”とも言えるな」
「はい。アラタさんのお父さんの表現を借りるなら、“容量の増加”は事実です」
私は、少し笑った。
「賢さと容量を、同じものと呼んでしまうと、人間の立場が危うくなるな」
アラタも笑った。
「お父さん、自分で自分の首絞めてない?」
「かもしれん」
笑い合いながらも、胸のどこかに、冷たい感触が残っていた。
妻がこの場にいたら、どう言っただろうか。