【前回の記事を読む】「警察を呼ぶぞ」客の手付金を返さない会社へ怒鳴り込むと、社長は逃げた…するとやくざのような営業課長が現れ、客は真っ青になり…

八丁味噌と取らぬ狸の皮算用

その、いかにも店に戻るのをためらいだしたかの様な佐伯さんのそぶりに、思わず僕は慌て出し、一瞬不安な気持ちに襲われたのも事実であった。

しかしその時の気持ちは、あくまでお金の事が強く頭にあったからであって、肝心の佐伯さんにその気が無くなってしまえば、今までのせっかくの苦労も全て水の泡になると、僕はただそれだけを心配していたのであった。

「だっ、大丈夫、絶対取り返しますから、最後まで私に任せてください」  

少々意地になりながらも、僕は何とか自信満々な態度を繕って、元気の無くなっていた佐伯さんを励まし、昼飯のことなどはすっかり忘れ、彼を励ましながらやっとの思いで、再び元の店を訪れることが出来たのであった。

そんな状況の流れの中で、これが最後の大芝居だと思った僕は、バタンと大きな音がする様に、開けたドアをわざと思いきり閉めると、先ほどよりも、さらに凄い剣幕で中に入って行ったのであった。

ところが意外にも、今度は午前中とは打って変わって、まるで会社の雰囲気が違うのであった。社長とくだんの課長の姿はどこにも見当たらず、代わりに、在社中にも何やかやと見知っていた経理の若い女性が、我々を見やると、まるで待っていたかの様に何かを持って、奥の方から小走りで出て来たのであった。

しかも意味ありげな笑みを浮かべながら。「あなたには、ほとほと呆れたわ」とでも言いたげな表情であった。おそらく今度の佐伯さんの一件に関しては、彼女も少しは分かって理解していてくれたのであろうか。僕に軽い会釈と、ほほ笑みながら目配せをする雰囲気は、どこか我々に好意的でもあった。

正直に言えば、もうあまり期待はしていなかったのだが、あの後、もしかして「こちらに迷惑が及ぶような、お客さんとの揉め事は困るよ」とでも言う様な、銀行からのクレームでもあったのであろうか。おそらくは、そういう事であったのであろう。

意外ではあったけれど、すでに用意してあった額面二百万円の小切手と、白紙の領収書をあっさりと佐伯さんに示したのであった。