悔悟の涙

不覚にも、なぜか溢れ出る涙をどうする事も出来なかった。

涙は、後から後から嗚咽と共にとめどもなく溢れてきた。プラットホームの薄汚れたベンチに座って、頭を抱え、目を真っ赤にしながら一人ぶざまに涙を流す僕の前を、何か奇異なものでも見るかの様に、どこか訝しげに通り過ぎていく乗客たちの眼差しさえ、あの時の自分には全くと言っていいほど気にはならなかった。

今思い返してみても、悲しみをこらえきれずに泣いたのは、人生でその時だけ、ただの一度きりであった。

当時はすでに、三面記事の片隅に追いやられるまで、世間もすっかり慣れっこになり、誰も何の感興も催さぬほど、ごくありふれた出来事にしか過ぎなくなっていた。

しかし、「内ゲバで元学生、また一人死亡」と伝える無機質な小さな見出しと、どこか懐かしげな、彼の昔のままの小さな顔写真を認めた時、とうに大学を去り家族を抱えて、市井の中に身をやつしていた自分ではあったけれど、堪らなくなって、涙が溢れて止まなかったのである。

その数時間前、僕は友だちに紹介されて、あるお客さんの家を訪ねようとしていた。

昨日の晩から、音も無くしとしとと降り続いていた小糠雨も、昼前にはもうすっかり止んでいた。そんな昼下がりの、雨上がりの少し蒸し暑ささえおぼえる陽気の中を、僕は首筋にかいた汗をせわしくハンカチで拭いながら、メモ用紙に記された簡単な地図を頼りに、やっとの思いで、教えて貰っていた住所の家を探し当てていた。

そして、もう一度メモを見ながら何度も門柱の表札を確かめると、すぐに門の扉を開けて中に入り、無意識に緊張を和らげようとしていたのであろうか、思わず「ふうっ」と大きな息を吐いていた。それから玄関の端にあった呼び鈴のボタンを、僕は遠慮がちに、そして小刻みにそっと何度も押し続けた。

しかし、しばらくの間、家の中からは何の応答も無かった。