今度は、玄関から庭の方に向かって思いきり首を伸ばし、「ご、ごめんください。いっ、入江君の紹介で伺いました、三友火災の横沢です」と、隣近所の事が少し気にはなったけれど、それでも思いきり大きな声を出して呼んでみた。まだ少し、緊張していたせいもあったのであろうか、喉がつまり、吃音気味で声も少しかすれがちであったけれど。
すると漸くして、奥の方から廊下をパタパタと鳴らす、如何にもせわしげなスリッパの音が近づいてきたのであった。そして、ガラス玄関の引き戸が小さくがたがたと音を立てて、少し横に開いたかと思うと、それと同時に五十がらみの女性が、そっと顔を半分だけ覗かせてきた。
そのまま暫く、彼女は僕の姿を頭のてっぺんからつま先まで、まるで珍しい物でも見るかの様にじっくりと観察し続けた。その時の僕の姿といえば、ワイシャツの一番上のボタンがだらしなく外れ、安っぽいネクタイを不自然に長く締めて、おそらくそれは、くたびれた背広姿と言う形容がぴったりであったろう。
彼女は僕をひと通り観察し終えると、思い直した様な表情に変わり、そこで初めて口を開いたのだった。
「ああ、茂の言っていた人ね。ごめんなさい、ちょっとお待たせしちゃって。お昼ご飯を済まして、今ちょうど奥で洗い物をしていたところだったの。チャイムの調子が前からおかしくて。
おたくの事は聞いているわよ、保険屋さんでしょ? この家の火災保険、今日にも入りたいから、すぐに手続きしていってちょうだい。お金も用意してあるから。
前から入っていた保険屋さんには、都合でやめるって断ってあるの。きのうで保険の満期が過ぎているから、何かあったら大変でしょ? 間にあって、良かったわ。ここでは何だから、ちょっと家に上がって」
彼女はひと息にそう言うと、すぐに僕を玄関から部屋に案内してくれたのだった。