【前回の記事を読む】やたらと早い出社時間…ピリピリするような朝礼の雰囲気……転職先は定休日でも社長から電話がかかってくる

八丁味噌と取らぬ狸の皮算用

因みにこの会社のやり口は、いわゆるおとり広告という手段を巧妙に使って、しろうとのお客さん相手に、違法行為すれすれに家を売りつける商法であった。

「格安五〇〇万 土地三〇〇平方メートル、木造平屋家屋九十九平方メートル、南向き日当たり良好、駅から徒歩一〇分」などと言う、その広告上の数字は確かに正しいのである。

しかし実際は、他人の家の庭を何軒も無断で通り抜けなければならぬ、駅までの直線距離と時間であったり、切り崩した崖すれすれの矩面に接したぼろ家であったりして、そのおとり広告に釣られて電話をかけて来たお客さんを、巧みな営業話法で誘い出しては、あまりに粗末な状態の家屋を見せつけられて、一瞬びっくりした彼らに、

「では、こちらのお家はどうですか?」などと言って、当たり前の条件に過ぎない他の物件を実際以上によく印象づけて、相場より、少しでも高く売りつけるという詐欺まがいのやり方であった。

さらには、他人の所有物件であっても、買い取り転売といって、いち早く販売情報を仕入れると、その物件価格にさらに上乗せをし、所有者の承諾なしに、さも自らの所有物件であるかの様に勝手に広告に出し、それを知らずに見たお客さんに、かなり高く売りつけるという事もよく行われた。それは、こういう事であった。

広告に出し、その物件に買手客がつくと、即座に銀行から金を借り、本来の所有者に間髪入れず手付を打って安く買い取り、書類上は自社の所有物件にしてから、それにかなりの金額を上乗せした価格で、お客さんに転売するというものであった。

実際、元手いらずのぼろい、違法ではないがそれでも際どい商売であった。だから、他の業者のお店を回っていて、偶然同じ物件を安く見たお客さんから、クレームをつけられたり不審がられたりして、冷や汗をかいた事も再三であった。

最初から社長に強烈なパンチを食らって一瞬たじろいだ自分であったが、人間とは不思議なもので、そういった会社の環境や体質にもすぐ慣れるのであった。

しかしながら、朝早くから夜遅くまで散々こき使われて、短期で辞めていく社員の数もかなり多く、中には一日で来なくなる者までいて、毎日の様に行われる朝礼で新入社員が紹介される度に、今度の新人は一体何日持つのかという事が、ベテラン社員たちの間で、やたら話題になっていたほどなのである。