自分自身、入った当初は、例の電話の件もあって毎日どうやって辞めるのか、その事ばかり考えていたけれど、何やかやと思いとどまり、そればかりか、厳しい信賞必罰の業務体制の中で、少しはノルマを達成して、報奨として、あの頃赤坂にあった有名高級キャバレーなどにも連れて行って貰ったりして豪遊し、当時、まだ二十代の半ばに過ぎなかったのに、それなりのベテラン社員になっていた。
と言っても、半年も我慢すれば、誰でもいっぱしの顔が出来る会社なのではあったが。
それはさておき、最初にあった元同僚からの電話というのは、僕が会社を辞める直前に、最後に契約を決めた佐伯さんというお客さんの件であった。
一般に、銀行ローンなどを予定して契約を結ぶ際、特約を付けて、万一ローンが成立しない場合には、最初に預かった手付金は、預かった業者がお客さんに即座に全額返金しなければならなかったし、万一業者の都合で契約を取り消す場合には、業者の手付の倍返しという事に、相場は決まっていたのである。
ところが、ローンが上手くいかず、契約を渋り出した佐伯さんに、社長が様々な難癖をつけて返金に応じないでいたのであった。
佐伯さんは三十歳代中頃のひとで、新しく開港予定の成田にある関税業務に関連する会社に勤めているとかで、そのために東京の借家から、職場に近い千葉方面の家を探していたのであった。新聞広告を見て初めて来店した時は、お腹の大きな奥さんと二人のお子さんの四人連れであった。
実直そうではあったが気の弱そうなところもあって、契約成立直後に、ある事情で突然僕が辞めた後、それを引き継いだ社長らに上手く丸め込まれて、何も抗弁出来ず、元同僚がそれを見かねて、「お前にも責任が少しはあるのだから、何とかしてやれ。そうすれば、少しは謝礼も貰えて一石二鳥じゃないか」とこっそり電話をかけてきたのであった。
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