「枝園楠樹さん、64歳、舞台監督。間違いないですね。黒田烈斗さん、28歳は毒を飲んで死亡した可能性があります。演技中にハムレットが毒杯を呷るシーンがありますが、杯の中に毒が入っていた可能性はないですか?」
尾崎が非常に丁寧な態度で質問した。枝園は禿げ頭に銀縁の丸眼鏡をかけていた。
「そんなのありえませんね。そもそも杯の中は空っぽですから。あの中に液体なんか入れたら役者が飲む演技をする時に床にこぼしたりしたら危ないし、そもそも入っている演技さえすれば、客席からは全く分かりませんからね」
「クローディアスが杯に真珠を入れるシーンがありますが」
「真珠も入れる演技をするだけです。実際に入れたら飲む演技をするときに床に落っこちてしまうし、誤って飲み込んでしまう可能性もありますからね」
「じゃあ、杯の中には何も入っていなかったと。さっき舞台袖に飲みかけのペットボトルが置いてあるのを見つけましたが、あの水は烈斗さんが出番の間に飲んでいたそうですね」
「はい。彼は主役で出番が多かったですからね。台詞も他の役者に比べて多いので喉が渇きます。楽屋まで戻る余裕もないので、いつも舞台袖で水分補給していました」
「開演中にそれ以外には食べたり飲んだりはしていないということですね。そのペットボトルの中に誰かが毒物を入れることは可能だったでしょうか?」
「難しいと思いますよ。誰もが見える所に置いてあったし、役者だけでなくスタッフが何人もずっといますから」
「そうですか。ところで少し気になったんですが、クローディアス役の黒田飛鳥さんとガートルード役の加藤瑠璃さんは実の夫婦で、烈斗さんは2人の息子さんですよね。それにポローニアス役の袰岩進さんのお子さんが怜雄君と理亜さんの双子の兄妹。なんか『ハムレット』の家族関係と似たような役者さんをキャスティングされてますよね」
「はい。実はそれがこの舞台の売りでしたからね。この2家族は役者家族として有名で、烈斗も怜雄も理亜も子役の頃から役者の仕事に一生懸命でしたから。本当の家族に家族間の愛憎を演じてもらうという奇抜な発想ということでこの舞台の評判も上がったんですよ」
「烈斗さんが仕事や人間関係で悩んでいたりということはなかったですか?」