「毒殺? 何で毒殺だって分かるんだ」
フォーティンブラス役の馮(ふう)鉄平が納得いかない様子で訊ねた。
「彼の死体からアーモンド臭がした。これは青酸カリ中毒の特徴的な所見の一つだ」
「アーモンド臭?」
馮は烈斗の臭いを嗅いだ。
「アーモンドの臭いなんてしないぞ。杏みたいな甘酸っぱい臭いならするけど」
「それがまさにアーモンド臭だ。アーモンドと言っても我々がよく食べるあのアーモンドの臭いではない。収穫前のアーモンドの実や花の匂いのことを言っているのだ。
青酸カリはシアン化カリウムという物質で、水に溶けるとシアン化水素というガスを発生させるが、これがその花の臭いに似ていることからアーモンド臭と言われるようになったのだ。
あまりこの臭いを嗅いでいると君も彼のようになるぞ」
「でも青酸カリで死んだとしても何故殺されたって分かるんだ。自殺の可能性だってあるだろ」
「君も役者の端くれなら分かるだろ。自分が主役を演じる大事な舞台の最中に自殺する役者などいないはずだ。
もし自殺したいのなら舞台が終わってからならいくらでも時間があったはずだ。
舞台の途中で主役が観客に死に恥を曝す。こんな悍ましいことを計画するのはよっぽど精神が捻じ曲がった人間のすることだ。これは殺人事件で間違いない」
一同絶句した。
「役者の端くれ? てめえに何が分かる!」
侮辱されたと思った馮は天蓋に掴みかかろうとした。
「やめましょう。鉄平さん」
レアティーズ役の袰岩怜雄(れお)が落ち着いた態度で馮を制止した。
「刑事さん、まずはお客さんを帰してもらっていいですか。死因が青酸カリならお客さん達が容疑者ということはないはずだ。お客さん達も烈斗の死を目の前にして心に深い傷を負っているはずだ。これ以上彼らを傷つけたくない」
「分かりました。だが、もう少し彼の遺体を調べてからにしてもらいます。毒殺と言っても口から毒物を摂取したとは限らない。例えば客席から毒針をエアガンで発射した可能性だってありますからね。それと皆さんも1か所に集まって、無断でトイレ等に行かないようにしてもらいたい。証拠隠滅の可能性もありますから」