「彼の頭を見たまえ。黒髪でふさふさだ。
周囲に電灯があったとはいえ、夜の公園の暗い林の中で10メートル先の彼の頭部から血が流れていたとはっきり分かるだろうか。
彼らが嘘をついているのでなければ被害者の頭部は坊主か禿か白髪だったのではないかと思った。
それで後でもう一度彼らに話を聞いてみたら案の定、彼らが見た死体の頭部は白髪だったと言うのだ」
「白髪?」
「君達が山本麻衣に会いに行ったことで、さらに私の推理は確かなものとなった。
あの時、彼女が持っていたレジ袋の中に長ネギ、牛肉、しらたきが入っているのが見えた。もちろん決めつけてはいけないが、この組み合わせは大抵すき焼き用だ。
しかし、全く愛情を感じていなかったとしても、夫が亡くなって1週間も経たないうちに妻が自宅で1人すき焼きなどするものだろうか。
それに彼女はビールの6缶パックも持っていた。そこで私は彼女が勤めているクラブを客として訪れ、彼女に接待してもらったのだが、何と彼女は全く酒が飲めないと言うじゃないか。
それで確信したのだよ。山本は殺されていない。自分の部屋の中にいるとね。
それで昨日、私は山本の自宅に踏み込み、彼を捕えてスーツケースに押し込んだわけさ。もちろん、真実を全て白状させた上でね」
そこにいる全員が呆然として天蓋の話を聞いていた。
「その真実とは何かね?」
署長がもどかしそうに訊ねた。
「辻君、どうするかね。君の口から説明した方が話が早い気がするが」
天蓋の問いかけに辻は黙って何も答えなかった。
「辻君は一過性の失声症になってしまったようなので、それでは事件の全容を私からご説明しましょう。
高井良君の言うとおり、辻君は山本の覚醒剤取引の情報を入手し、それを組対やマトリに知らせない代償として賄賂を要求していた。しかし、それを払いきれなかった山本はあるルートを使って辻君を告発しようとした。
しかし、それに気づいた辻君と木下警部補は告発を妨害するために10月9日から10日の深夜にかけて山本の自宅を訪れ覚醒剤を押収し、覚醒剤取締法違反で彼を逮捕した。
2人は彼を捜査用車に乗せてこちらのY警察署に向かった。運転していたのは辻君だ。
ところが午前1時頃、近道をしようとしてY公園のすぐ横を通る人通りのない暗くて細い道路を走っている時、予想外の出来事が起こった。
突然1人の老人が道に飛び出してきたのだ。老人は車にはね飛ばされた。おそらく即死だったと思われる」