その事実が、じわじわと体の奥から広がってきた。うれしかった。こんなにうれしいのか、と思うくらい、うれしかった。
母を亡くし、父も逝った。継母にいじめられ、人に裏切られ、自分にはもう誰もいないと思っていた。だから千春と結婚できただけで本当に、心の底から幸せだった。そんな人生だったから、愛する人との間に、自分と血の繋がった子供ができるなんて、そんな日が来るなんて思ってもみなかった。
でも、その喜びのすぐ隣に、重いものがあった。
千春の病気のことだった。
渉は千春の隣に座り、手を取った。
「……うれしい。すごく、うれしい」
千春が少し驚いた顔をした。
「渉」
「でも……怖くもある」
「私も」
「千春の体のことが、頭から離れなくて」
千春はしばらく黙っていた。渉の手を、ぎゅっと握った。
「病気のこと、先生に相談しなきゃ」
「一緒に行こう。明日」
千春はうなずいた。
翌日、2人で循環器内科と産婦人科の両方を受診した。
循環器内科の医師は、渉と千春の両方を見ながら、静かな口調で説明した。
「肺高血圧症の患者さんにとって、妊娠・出産は非常に大きな負担になります。妊娠中は血液量が増えて肺の血管への負担が増し、特に出産前後は肺動脈圧が急上昇するリスクがあります。産むことが絶対にできないとは言いませんが、命に関わる可能性があることは、理解していただく必要があります」
帰り道、2人で並んで歩いた。しばらく、どちらも何も言わなかった。
渉はずっと、千春の横顔を見ていた。千春は前を向いて歩いていた。何を考えているのか、表情からは読めなかった。
夜、部屋に帰ってから、渉は千春に聞いた。
「千春は……どうしたい?」
「……渉の子供を、産みたい」