閉店後、片づけをしながら千春が言った。

「渉くん、最近表情が柔らかくなったよね」

渉は手を止めた。

「そうですか」

「最初の頃は、なんか……壁があるというか、近づきにくい雰囲気があった。今はそれが少し薄くなった気がして」

渉は何も言わなかった。

「いい意味でね」と千春が付け加えた。「なんかあったの?」

「……別に」

「そっか」

千春はそれ以上聞かなかった。でも渉にはわかっていた。

(千春さんといるから、だろうな)

口には出せなかった。出す勇気がなかった。

その夜、渉は2階の部屋に戻って、しばらく窓の外を見ていた。公園の街灯が、いつもと同じように灯っていた。

(誰かを好きになるって、こういうことなんだろうか)

そう思った。でも同時に、思った。

(千春さんは、俺の過去を知っても、同じように笑ってくれるだろうか)

答えは出なかった。ただ、窓の外を見続けた。

*

転機は、その翌週に来た。

武蔵の定休日、渉は部屋で本を読んでいた。すると千春からLINEが来た。

『今日休みだよね。近くの公園でお花見してるんだけど、よかったら来ない?』

渉はしばらく画面を見つめた。

(行くべきか、やめるべきか)

迷った。でも気づいたら返信していた。

『行きます』

公園に着くと、千春が1人でビニールシートの上に座っていた。コンビニのビールと、つまみが並んでいた。桜がちょうど満開だった。