千春は「そっか」と言って、それ以上は聞かなかった。渉は少し驚いた。普通はもう少し聞いてくる。でも千春は、渉が話したくないことは聞かなかった。
(この人、不思議だな)
食事が終わり、2人で店を出た。夜の路地を並んで歩いた。千春は少し先を歩きながら、振り返って言った。
「また来ようね」
「はい」
「今度は渉くんのおすすめの店、教えてよ」
「……全然知らないんです」
「じゃあ一緒に探そう」
千春はそう言って笑った。渉はその笑顔を見て、胸の中で何かが小さく動くのを感じた。
でも、それが何なのか、まだわからなかった。
*
それから、2人で食事に行くことが増えた。
特に恋愛感情があったわけではなかった。少なくとも渉は、そう思っていた。ただ、千春と一緒にいると、不思議と楽だった。無理をしなくてよかった。沈黙が続いても、気まずくなかった。
ある夜、閉店後に2人で片づけをしていると、千春が言った。
「渉くんって、なんか抱えてるよね」
唐突だった。渉は手を止めた。
「そう見えますか」
「見える。でも、話したくないならいい。ただ、抱えてるんだろうなとは思ってて」
渉は少し考えた。話すべきかどうか。話したところで、どうなるわけでもない。でも、このまま黙っているのも、なんとなく違う気がした。