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工場を辞めた後、渉はほとんど部屋から出られなくなっていた。
食事は近くのコンビニに行くだけだった。安い菓子パンを買って、水で流し込んだ。コンビニの店員と一言交わすのが、その日にした唯一の会話だった日もあった。「袋いりますか」「いえ、いいです」。それだけで1日が終わった。
体重が落ちた。鏡を見ると、頬がこけていた。目の下にくまがあった。シャワーを浴びる気力もなくて、髪はべたついていた。電気もつけずに、暗い部屋の真ん中に、ただ座り続けた。何時間も、何時間も。ふと気がつくと、窓の外が暗くなっていることがあった。1日が、終わっていた。何もしないまま。
SNSの投稿は、その後も拡散し続けた。渉は見るのをやめた。
警察からは「アカウントの特定に時間がかかっている」という連絡が来た。それだけだった。
ある朝、ベランダに洗濯物を干そうとして、外に出た。下を見下ろした。6階だった。
(ここから、落ちたら、あっという間に終わるんだろうな)
ぼんやり、そう思った。
腰の高さの手すりに、手を乗せた。前のめりになれば、すぐだ。痛みもないだろう。風がふわっと顔に当たった。
そのとき、下の道路を、ベビーカーを押した若い母親が歩いていくのが見えた。母親が一度立ち止まって、ベビーカーの中の赤ん坊に何かを話しかけて、それから、赤ん坊の頭をそっと撫でた。
渉は手すりから、ゆっくり手を離した。
(俺は、お母さんと同じ目をしない)
洗濯物を干して、部屋に戻った。ベランダの戸を閉めて、鍵をかけて、カーテンを引いた。それから、洗濯機の上にしゃがみ込んだ。立っていられなかった。膝が震えていた。今、自分は、どこから戻ってきたのだろう。考えるのが、怖かった。