翌週の夜9時。新しい予約が入っていた。
予約カードには「田村幸江、49歳」とだけあった。備考欄は空白だった。
部屋のドアを開けた瞬間、田村幸江は入口で止まった。薄暗い部屋のなかをゆっくりと見回し、それからおそるおそる中に入ってきた。
グレーのロングコートを着ていた。派手な服でも地味な服でもない、ただ目立たないことに慣れているような人だった。化粧は薄く、髪はまとめている。
「初めてですか」と渉は聞いた。
「……はい。勇気を出してきました」
「緊張しますよね。俺も最初の頃は毎回どきどきしてました」
幸江が少し肩の力を抜いた。渉はソファを勧め、向かいに座った。
「どんなことを求めていらっしゃいますか」
幸江はしばらく黙った。膝の上で指を組んだり解いたりしながら、ゆっくりと言葉を探していた。
「……夫に触れてもらえなくなって、もう何年も経つんです」
声が小さかった。
「セックスだけじゃなくて、抱きしめてもらうことも、手を握ってもらうことも。子供が生まれてから、ぜんぶなくなって。それが普通なのかと思って、ずっと我慢してたんですけど」
渉は口を挟まなかった。ただ、幸江の言葉が終わるのを待った。
「……自分が、まだ、女なのかどうかも、わからなくなってきて」
そこで幸江は言葉を止めた。自分でも驚いたような顔をした。「変なこと言いましたね、ごめんなさい」と笑おうとして、うまく笑えなかった。
「変じゃないですよ」
渉はそう言いながら、カウンセリングシートを差し出した。「好きな香り、苦手な触れ方、教えてもらえますか。されたくないことがあれば、すぐやめますので」
幸江はゆっくりとペンを取った。書きながら、ふっと息を吐いた。「ちゃんと聞いてもらえるんですね」