同じように、私の母も第二次世界大戦中の東京で爆撃を受け、母親を背負って防空壕の中に逃げ込まなければなりませんでした。母の戦争中の話はいつも私を驚かせました。私はまだ小さかったので、そんな衝撃的な話を聞く準備ができていませんでしたから。タンの母親も私の母も共に筆舌に尽くしがたい経験と苦労をしたのです。 

中国人の女の人達がごちそうを食べながら、お互いの苦労話をしたり、麻雀をしたり、励まし合ったりする「ジョイ・ラック・クラブ」という集まりは興味深いですね。こういう中国人のコミュニティーは羨ましい気がします。彼女達は皆気丈でしっかりしているので、このコミュニティーの中で守られている気がするからです。

私の母も月に一回、頼母子講という小さなパーティに参加していました。頼母子講は近所の女の人達で構成される相互扶助グループのようなものです。毎月少額のお金を出し合って、順番に使いたい人がそのお金を使っていくのです。頼母子講の面白いしくみを紹介すると、その月に一番高い金額を書いた人が、すべてのお金を使えます。

だから少しまとまったお金の必要な人は高い金額を紙に書きます。お金を手に入れた人が次の会のホスト役になって、場所も自宅を提供するのです。それぞれの家でお互いをもてなして、食事やおしゃべりを楽しんでいました。妻達のささやかな楽しみに水を差す夫はいなかったですね。長い間、母と私は色々揉めてきましたが、それも終わりに近づいた気がしています。

母は最近96歳になり、私のことも認めてくれるようになりました。「あなたには娘がいないから可哀想ね。私には息子も娘も両方いるから運がいいわ。私はあなたには何でも話せるから」とよく言っています。 現在も、娘達は自立するために母親と喧嘩するのかしら、そしてお母さん達はどうやって、娘達に向き合っているのかしらと思います。

私には娘がいないから、こういう母と娘の永遠のテーマには縁がないと思っていたのですが、最近、この非生産的な喧嘩が恋しい時があります。本当に馬鹿馬鹿しい言い争いなのですが、やっぱりそれは熱い愛情に満ちていましたから。

お母さん達はみんな、娘を世間から守りたいと思うものですが、娘達が独立して自分に責任を持つことを学ばない限り、自分を守ることはできません。

試し読み連載は今回で最終回です。ご愛読ありがとうございました。

 

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