だが、感動が収まると結構後悔することになって、Sさんを訪ねていったのだった。
しかし面白いもので、失業保険を断ったら、Sさんが月に十万円のバイトをくれて、その頃から生徒の問い合わせがボツボツ来て、年末までに、本当に二十万を超えることになり、どうにか生活できるようになった。
しかし、最初の二人が女の子で、その二人の友人から始まっているので、全員、女子ばかりだった。
翌年、そのまま女子ばかり二十人になったところで、京成電鉄の駅前に「たまたま」月、十万五千円、という破格な値段でテナントを募集していたので、そこに移ったのだった。
ここで、私の学習塾の指導方針を簡単に書いておこうと思うが、とりわけオリジナルなものはない。
私自身、勉強法に関しては、浪人して志望大学に受かった経験から、ひどく乱暴で、何でも「暗記すればいい」と言うだけのものである。しかし、この「暗記」は奥が深く、現にその発想で勉強したら、68歳で仏検一級を取得できた。このことは関心ある人がいるなら、別の機会に書いてみたいと思う。
しかし、進学教室の七年間で、ビジネスとしての学習塾は、暗記を基本としたカリキュラムでは、親も生徒も納得しないことは十分了解した。
だから、既に十分学力がついている生徒の入試のラストスパート以外は、暗記を強いたことはなかった。