【前回の記事を読む】6日間、何も食べられずに職場へ…誰も気づかなかったが、女性事務員だけが一目見て「ダイエットしたんですか」
4.そして進学教室の講師になった。
だからこの時も、私は絶食を始め、片頭痛と血便を克服した。しかし、無論、現実の状況は依然として厳しい。
色々頭を振り絞っていると、一人の頼りになりそうな知り合いの顔が浮かんだ。私がT市で土木の技術屋をしていた時、高校の友人がM市役所の組合の書記長をしていて、その時の委員長が酒豪だというので、お前と気が合うだろうと紹介してくれた。
一回り年齢が違い、元全共闘で証券マンというSさんは、フランス文学出身で土建屋をしている私を面白がって、以来、一月に一度くらい一緒に酒を飲んでいた。
そのSさんが、今、市ヶ谷にある労働組合の本部にいる、と聞いていたので、訪ねて行った。
受付で訊くと、Sというのは二人いるとのこと。一人は政治局長で、もう一人は一般職員だという。当然、その一般職員を訪ねて行ったが、別人。
まさか、と思ったが、Sさんは政治局長になっていた。事情を説明すると、すぐ承知してくれて、丁度、今の政治状況を憂えたある学者に頼まれて、賛同する知識人に呼び掛けて署名を集め、政府に要望書を出そうとしているので、その手伝いをして欲しいとのこと。
名簿を作り、郵便物を送るのが主で、週に二回くらい、不定期で電話がかかってきた。大した仕事でないが、Sさんは月に、気前よく十万ずつくれたので、随分助かった。
というのも、私は途中から失業保険を貰っていなかったからだった。
つまり暇なので、例によって図書館から借りた本を多量に読んでいると、「中村久子」の自伝に行き当たった。
この両手両足がないのに果敢に自分の人生を切り開いた、ヘレンケラーをして「私より偉大な人」と言わしめた女性の人生を知るにつれ、五体満足で大学院まで行って勉強した大の男が、自分一人食わせるのに四苦八苦して、血尿まで出して泣き言を言っていたのが、恥ずかしくなった。
中村久子が「貴重な国のお金は使えない」と障がい者年金を貰わなかったことを知り、翌日、私は職安に失業保険を断りに行った。係りの人が驚いて、理由を訊いてきたので、「中村久子の本に感動して」とも言えないので、生徒が集まって二十万くらい稼げるようになったから、と答えた。
そのくらいなら問題ないのだが、と言って、そのまま継続することを勧めてくれたが、断固、断った。