「実はぼく、既に運命の人がいるんです。やっと見つけたんです。理想にぴったりの。ぼくの人生を完成形に導く女神を」

ナンデスカ。私、恋愛相談の教祖でしょうか。速水、あんたの方が年上だろうが。

もったいないこの時間。実は情熱的な告白をされたほうがまだ良かった、いや違うか。早く階下に行き、母の好きなお弁当を買おう。

「待ってください。で、その彼女が体調が悪いんです」

今度は病気の悲恋ものだろうか。私はカウンセラーではない。

「1か月、そう1か月でいいんです。時々、こうしてあなたの耳をぼくに貸してください」

速水は丁寧に頭を下げた。

「報酬をお渡しします」

「報酬?」 

つい聞いてしまった。先月は電気代がかさみ、智樹の後輩の結婚祝いで出費が多かった。

「はい。ひと月で、そう20万」

「20万」

いや、やめよう。大した額でないと言い聞かせる。うまい話には裏がある。この男、そういえば私の耳の裏の匂いを嗅ぐくらいの勢いがあった。関係ないことまで浮かんでくる。

「あなたは時折、そう週に2回ほどここへ来て、ぼくとお茶を飲んでくれるだけでいい」

「お茶を」

「ぼくはあなたの耳を愛でながら甘いドリンクを飲むでしょう。それだけです」

これってお茶飲み友達なのか。世間でいう。

「この依頼が終わるころには、彼女の体調が本調子に戻ってきっと」

速水は苦しそうに膝の上でこぶしを震わせていた。

返事をせずに店を出て、予定よりも豪華なお弁当を2つ買ったのは、20万が入ることを期待したからでは断じてない。

ただ、YouTubeで発信することだけが、日常からポカリと浮く気分だったほのかに、週に2回ほのかを、ほのかの耳だが、恋焦がれて待つ男がいる。さざ波くらいしか立たない池の面に小さな光る石を落とされたような、ちょっとだけ不思議な甘やかな気分。

その夜、疲れて遅くに帰ってきた智樹に問いかけてみた。

「ね、私のこと好き?」

「えっ、好きだよ」

なんだか目が泳いだ。このところ遅いのは何かあるのか。いや、真面目が取り柄の智樹に限って。でもあの速水はどうだ。真面目の標本のような。思い出してくすりと笑ってしまった。それに安心したような顔をして、久しぶりに智樹が手を伸ばしてきた。

「好きだよ。全部」

倒れ込みながら、ほのかは智樹の耳元でささやいた。

「私の耳も?」

「ああ、耳も好きだ。身体も全部ね」

なんだかおおざっぱに聞こえて、ほてったからだが少し冷めたのは気のせいだろうか。

次回更新は9月24日(木)、20時の予定です。

 

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