【前回の記事を読む】私の左耳を食い入るように見つめた男。「ああ、少し違う。でも少し似ている」と呟いて……

耳を貸す ほのか三十四歳 4

公認会計士だという朝ドラ準主役っぽい色白の男にほのかは懇願される。

「耳を貸してください」と2度いわれた。

帰ろうと立ち上がると、ぎゅっと手を掴んで席に座らせられた。男の力を感じた。よく考えれば智樹とは一緒に寝ても手はもうしばらく繋いでいないので、情けないがどきっとした。

彼の手はとても冷んやりとしていたが、さらっともしていて気色悪くなかったのだ。困ったことに。おとなしく座り直してしまう。

「あの初対面で失礼ですが」

とっくに大失礼なんだが。

「あなた何歳ですか」

「……」

「差し支えなければ」

「さ、34歳」

あとひと月で35だった。

「なるほど。やはり」

彼は大きく頷いて私の左耳を、穴のあくほど穴の中まで見つめた。耳掃除を昨日しておいて良かったなどと思ったが、無論、受け入れるわけがないし、この光景は異様だ。

速水はまっすぐに向き直り話し出した。

「自分でいうのもなんですが、ぼくは事務処理能力、まあ仕事を捌く、それも正確に遂行するのがひとの何倍も長けているのです」

「はあ」

急に自慢話が始まった。ただ公認会計士の関門突破の厳しさは、ほのかでも知っている。

「そして、ぼくはタイパ。タイムパフォーマンス、ま、タイムマネージメントがもうそれは超人的なんです」

「はあ」

コスパばかり考えてしまうほのかは、はあとしか答えようがない。

「ですから通常、公認会計士、しかも事務所に所属の一介の勤め人なのに、ほぼ定時で帰れるし、こうやってお茶もできる」

確かに速水の行動はほのかと出会えるくらいに余裕がうかがえる。だからどうなんだ。

と、それに応えるべく話し出す。

「ぼくは耳について考えたり思いを巡らす時間をこの上なく愛し、大切に育んできました」

立派な変質者ですね。とは言えなかった。真剣な目をしていて引き込まれてしまった。

「耳はね、その人の人となりをあらわす。耳たぶは愛情の深さ、恋愛運、耳の穴には色々意味があってね」

もう我慢しきれないとでもいうように速水の頬は染まる。ふと初めて、彼の耳を見るが、どこにでもあるように見えてならない。

「耳の穴はその人の知識量、考えていること、そしてね、秘密主義かなんていうこともわかるんです。当然、耳同士の相性もある」

「相性……」

ほのかは思わず首をかしげた。

「あなた結婚していますよね。安心してください。お付き合いを依頼しているわけではないです」

良かったと思いつつ、ほんの微かに募る一抹の寂寥。唇を小さく噛んだ。