中央の車から降りてきたのは、波瑠の母親だった。その後ろには、耳に無機質なインカムをつけた、表情のない男たちが影のように控えている。
「……離して! やめて!」
悲鳴を上げる波瑠が、男たちの強靭な腕に拘束され、車へと誘導される。駆け寄ろうとした僕の視界は、屈強な男の背中によって冷たく遮られた。圧倒的な『力』の前に、僕の体は抑えられて動けない。
男たちに組み伏せられ、地面に這いつくばる僕を一瞥し、まるで汚泥でも見るかのような冷たい視線でひと睨みすると、彼女は怒鳴り散らすこともなく、ただ震える声で娘を射抜いた。
「……波瑠、あなた、自分が何をしているか分かっているの?」
その瞳に宿っていたのは、怒りではない。娘が外の世界に「汚された」ことへの、狂信的なまでに純粋に恐怖に似た怯えだった。
「お母様、違うの、平さんは――」
「黙りなさい!」
男たちが波瑠を無理やり車内へ押し込み、ドアは重低音を響かせて閉まった。母親が僕に向き直る。その視線は鋭く、けれどどこか虚ろだった。
「この子は、絶対に失敗してはいけないの。……吾妻野宮の名を背負って生きることがどれほど過酷か、部外者のあなたに何がわかるというの?」
吐き捨てられた言葉に、僕は言い返せなかった。
次回更新は9月22日(火)、20時の予定です。
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