【前回の記事を読む】「お前…姫様を裏切るのだな…」明け方、宗佐は血糊に染まった縁側で倒れていた。切り落とされていたのは、小指の……
指切り宗佐 愛恋譚
八 祈り
磬が鳴り、力強い声で拓善が観音経を朗唱し始めるのに合わせて、宗佐は姿勢を正し、心を澄まし、笛を構え、姫と初めて会った際に吹いた『昴に捧ぐ』を吹き始めました。
不幸中の幸いと言うべきか、彼が失った左の小指は、笛を吹く妨げになることの最も少ない指だったのです。
笛の音は、拓善の朗々たる読経の声との不思議な調和を醸しながら、香の煙の漂う墓の周囲に響き渡り、沙代里姫の無念の魂に懇懇と、切々と訴え、語りかけるかのようでした。
しかし宗佐が笛を吹き始めてほどなく、先ほどまで晴れていた空が次第に曇り始め、いつしか夜のように暗くなりました。
突然冷たい風が立ち、次第に強まり、ろうそくの火はことごとく吹き消され、香の煙は横になびき、遠くから不気味な雷鳴が轟き始めました。
観音経から施餓鬼へと経が読み進められ、深い心を込めた宗佐の笛の音が響き渡る中、やがて空から大粒の雫が落ち、間もなくすさまじい雷鳴とともに滝のような雨が降り出しました。
小僧の差しかける傘が役に立たないほどの風雨をものともせず、拓善の力強い読経は続きました。乱れ湧き上がる真っ黒な雲の中に、爛々と光る二つの赤い目のようなものが時折のぞき見えました。
叩きつける雨と荒れ狂う風と轟き渡る雷鳴の中、宗佐は持ち得る限りの意力を込めて―姫への愛、謝罪、悲しみ、祈りを込めて、それまで姫のために吹いてきた数々の調べを吹き続けました。
手当てを受けた傷跡が痛み、再び血が滲み始めているのにも構わず、宗佐は自分が笛の魂なのか、笛が自分の魂なのかも分からぬまま、全身をよじるようにして、狂ったように笛を吹き続けました。