【前回の記事を読む】「別にあなたたちがいなくても、先生がいるもの!」ひと月の生活費を2週間で使い切った母…頼りの“先生”は、診察を受けたことすらない医者で…
第2章 壊れていく日常
覚悟
父が亡くなる前の母は、妻のことを常に気にかけ、いつも妻の味方であった。
ある食事会では妻の喉仏が少し大きくなっていることに気づき、夫である私を驚かした。
実はその時期、妻はぜんそく気味で、夜中に咳が続いていたのだ。
私はそれを言い当てた母親の鋭さに感嘆し、妻を毎日見ている夫としても妻の機微な変化も捉えられないといけないのだな、と反省したものだった。
妻はそんな母のことが大好きであり、実家に帰ればリビングの椅子に座る母親の膝の上に座りながらテレビを見るほどで、母から重いからどいてくれと言われても「まぁいいじゃん」と言いながら母の膝の上に座り続けていた。
六十代後半の母の膝上に娘が座り込むという、ちょっとおかしくも仲睦まじい母子の絆がそこには間違いなくあった。
増えていく母のできないことを背負い、貴重な休日の時間を割いて届けた惣菜や食材が気づけばゴミ箱に捨てられていた日々も、大事な洋服を勝手に捨てられたことも、時には娘というよりデイサービスの介護スタッフに勘違いされながらも、私たちの生活と多忙な仕事の中で可能な限り両立してきたはずだった。
一人暮らしを選択し、頑張る母に少しでも喜んでもらいたい一心でだ。
しかし、目の前で仁王立ちし私たちを追い払おうとする母は、外見こそ変わりはしないが、中身は全くの別人になってしまっていた。
この時の妻の瞳孔は、光なく底のない漆黒で感情が動くような揺らぎも一切無く、どこか一点を見ているわけでもないものだった。この目を見た私は父から生前に言われたことを思い出す。
「娘のことを第一に、頼みます」
妻には妻の人生がある。
男尊女卑の風潮がまだまだ残る日本の社会人の一人として、血の滲む思いや涙と共に積み上げてきた実績、築いてきた信頼、その過程で妻の内側に育まれた社会的責任感。
このままでは、妻はこれらをすべて捨て、別人と化した母の介護を続ける人生を選択せざるを得なくなる。
私は妻の尊厳を守るため、誰に何を言われようと妻の母を介護施設に入れる覚悟を決めた。