私がこういう角栄の「方法」にピンと来たのは、T市の土建会社の社長が、やはり即断即決で、仕事の指示もいつも分かりやすく、具体的だったからだった。

もしかしたら社長は、密かに田中角栄から学んだのかもしれないと思った。

ともかく翌日、下町にある塾へ行くと、「生徒カルテ」のファイルを取り出して、「国会便覧」などで、政治家や官僚に関するデータを暇さえあればチェック、暗記していた角栄に倣い、生徒一人一人の「カルテ」を丁寧に読み、家族構成や趣味、特技などを暗記することから始めた。

そしてどうにか頭に入ると、既に二百人近く生徒がいたのだが、以来、暇になると、「ア行」から一軒一軒、何か用事を見つけては電話することを自分に課した。

こうしていると、別料金の講習会を勧めることも、新入会生を紹介して貰うことも、成績が伸びない生徒のフォローも、全てやりやすくなった。

当時はバブル真っ盛りであったことも幸運だったのだろう、そんなことを二年近くしていたら、生徒数が三百人を超え、教室はすし詰め状態で、下町校舎の建物の天井が抜けるのじゃないか、と心配する人まで出てきた。

しかし、私は次第に酒量が増え、午前中の憂鬱は酷い二日酔いとともに深まり、昼近くやっと起き出して、どうにか牛丼とかカレー、ハンバーガーを胃の中に収め、二時の就業時間ぎりぎりで、下町の雑居ビルの三階に辿り着く。

それでも、まだ35歳前、五時に授業が始まると鬱気は霧散して、大声を張り上げ、四コマの授業をこなし、九時過ぎに授業は終わる。

小型の田中角栄を目指した頃は、この後補習したり電話したりして、十二時近くまで仕事をしていたこともあったが、次第にそれが十一時になり、十時半になり、とうとう、以前と同じ、十時になっていた。

次回更新は8月31日(月)、11時の予定です。

 

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