【前回の記事を読む】高校生の頃、バイトでよく“特殊浴場”に出前した。各部屋の覗き窓から変な風呂椅子が見えて…すれ違う男性客は、逃げるように走り出して…

第二章 自立 

そんな廊下を奥まで行くと、お姉さんたちに指名が入るまで待機する部屋がある。

ここが毎日のように出前を頼んでくれるコーヒーの配達先だ。いつも五人の姉さんたちが艶めかしい赤い長襦袢一枚で部屋のコタツを囲んでいる。その上にはいつも卵焼きに唐揚げ、ほうれん草のおひたしにポテサラなどのご馳走がぎっしり詰まった重箱があり、これは毎日持ち回りで彼女たちが作ってくるようだった。

私はバイト終わりの出前なので別に急いで戻らなくてはいけないこともなく、待機に退屈しているお姉さんらと仲良くなるまでに時間はかからなかった。座り込んで、いろいろとご馳走になり、姉さんらの話を聞くのは悪くなかった。

「ちゃんと今日も学校に行ったの? 学校をフケてばっかりだと卒業できないんだからね」「お腹は空いてない? 今日の卵焼きは美味しいから食べてごらん」などと、私の親もしてくれなかったような心配をしてくれるのはタカコさん。

「バイトばっかりしてないで恋をしなさい、恋を! アタシなんてねえ〜」と過去の武勇伝を話してくれたのはアキナちゃん。

「ちょっとぉ! 聞いてくれる! あいつ、また私の財布から黙って金を持っていったのよ!」と、ヒモ男の文句をいつも言うのがサチコさん。

クールに人の話を黙って聞いて、あまり話さないのがユキエさん。

「あんたはアタイたちみたいになっちゃいけないよ」――時々してくれる身の上話をこう締めくくるのがみずえ姉さん。

ケラケラとみんな明るい人達だったけど、みんなが浴泉で働くことになったのは、身内や自分がした借金を返したり、家族に病気の人がいたりしたことなどが主な理由だった。そうして姉さん達が流れてきたのが浴泉だった。

ある時、エッチなことをするのにどうして外から覗けるような窓がドアについているの?と無邪気に尋ねたことがあった。するとちょっと言いづらそうにみずえ姉さんが、「危ないからだよ。時々、殴ったり首を絞めたりするバカがいるからね、お客さんにも。殺されそうになった子なんて何人もいるのよ」と教えてくれた。背筋がゾクっとした。

「あんたはね、絶対にカラダなんて誰にも売っちゃいけないよ。どんなにお金に困ってもね。一度でもやれば元にはもう戻れないんだから。クズ男なんかの口車に乗っちゃダメなのよ、アタイ達みたいになったら許さないから。覚えていてね」

タカコさんはそんな風に寂しそうに言った。

今から思えばタカコさんはまだ二十五歳ぐらいだった。

私がサラ金業者に売り飛ばされるかもしれなかった場所がそんな所だと、ヘラヘラした私にもやっと肌でわかった気がした。