【前回の記事を読む】特殊浴場のお姉さんに「なんで覗き窓がついてるの?」と尋ねると…背筋がゾクッとした。私が売り飛ばされかけた場所が、どういう場所だったのか肌で分かった。
第二章 自立
髪の毛をタダで切ってもらえて、その上、高い報酬までもらえるなんて最高の条件だと思った。ロクに食べていないので割と痩せていて、髪が背中までと長く、身長が一七〇センチあったことが良かったのかもしれない。ショーモデルのオーディションには簡単に合格できた。
美容室のオーナーは名刺にも全てカタカナで「スギハラモリミチ」と書いていた。ロンドンで八年ほど美容師の修業をして、モードの最先端である南青山にお店を開いたそうだ。スギハラモリミチはちょっと流行を気取ったカッコつけで、常にヨウジヤマモトを身にまとい、歳は三十二で私の周囲にはいない大人の雰囲気が漂い、優しいところも私は気に入ってしまった。
無事にショーの本番が終わって私の髪色を金髪から再び黒く染めながら、スギハラモリミチは「有香ちゃん、かわいいねぇ」と連発し、「美味しいお寿司をご馳走したい」と言い始めた。毎日、粋寿司で働いていると答えると、今度は「じゃあ、美味しいお蕎麦を食べに行かないか?」「やっぱりお肉にしようか?」と、半ば強引に次の日曜日に会うことを約束させられた。
スギハラモリミチが遊び人なのは最初からよくわかっていた。こんな誘いに乗れば、あとでタカコさんにしこたま叱られることになるのも目に見えていた。
それより最も気をつけなきゃならないのが、卒業するためには最低出席日数分の授業を受けなくてはならないことだった。高校二年の三学期は結構休んだために、三年では他の人よりももう一科目多く選択科目を取らなくてはならない、そんな条件付きで進級できていたのだから。
バイト生活をしながら無事に卒業するためには、一学期に各教科の授業が何時間あり、必須となる三分の一の出席数を差し引いた「授業を休める」時間数を計算し、新学期から夏休みまでの三カ月分の出席スケジュールを立てて、空き時間はバイトをぎゅうぎゅう詰めに入れて働く──そんな予定を狂いなく実行する必要がある。新学期から私は実直にこのスケジュールをこなしていった。
しかし、いくら若いといっても働きづめでは、数週間もしないうちに疲れ果ててしまった。新学期が始まったばかりなのに、夏休みがひたすら待ち遠しくなった。こんな生活は一年もやればたくさんだ。絶対に留年せずに来年は卒業しなくてはならない。そう決意して、みんなより多く取らなければならない科目は、一番楽に単位が取れそうな「簿記会計」を選んだ。