【前回の記事を読む】駆け落ち後すぐに身籠ったという娘…心配で見に行くと、お腹の大きくなった娘に、男は拳を…あまりのむごさに耐えきれず、帰ってしまった。

第三章 なれそめ

妊娠しても生活苦で堕胎しなければならなかった生活は一変した。お金にゆとりが生まれて、父さんは母さんに錦糸町で喫茶店「リオ」を開業させると、自分は毎晩のように部下を引き連れては夜の街を派手に飲み歩くようになった。

母さんが開業した喫茶店「リオ」はブラジルへ渡った兄弟たちを思って名付けられた。ブラジルと言えばリオ・デジャネイロぐらいしか母さんは知らなかった。だが、兄弟たちが渡った先は「サンパウロ」だ。「リオ」とは何も関係がない。

しかし母さんにとっては地名などどうでも良かったし、ブラジルと言えばコーヒーぐらいの気持ちで開業した、特にこだわりのない喫茶店だった。だからメニューはコーヒーにミックスジュースと軽食のサンドイッチやナポリタンスパゲティー、カレーライスぐらいのものだった。

当時はまだ珍しかったタバスコをテーブルに常備していて、それが何だかわからないお客さんがかけ過ぎて涙を流しながら食べる様子がよく見られた。

サイフォンでコーヒーを淹(い)れることができた和田はオープンから採用され、ウエートレスには東北から上京してきたばかりのミッちゃんがいた。少し足が悪かったが、気だてが優しくて大人しい、美しい目をした若い娘だった。

私は二、三歳の頃まで、店内の囲いがされたレジのそばで、字も読めないうちから一人で『少年ジャンプ』を一日中めくって過ごしていたという。そうするうちにいつのまにか字が読めるようになるのだから、子どもとは不思議なものだ。

もうすぐ三歳になる頃、母さんはタエを出産するために香川の実家へ向かった。それまで香川に預けられていたサトシが入れ替わりに東京へ戻って、母さんがいない間はミッちゃんがサトシと私の世話をしてくれることになった。喫茶「リオ」を和田とミッちゃんに任せての里帰りだった。

事件はこうやって始まった。

毎日、私とサトシの世話をするために家へ来てくれたミッちゃんだったが、母さんが里帰りをしている間にいつのまにか父さんと深い仲になってしまったのだ。