女人は着物の裾(すそ)を少しはだけて、右足を前に出した。小袖の間から出たすらりとした白い足は、指先までしっかりと見えた。小袖の合わせ目から見える白いふくらはぎが、妙に艶めかしかった。そして、その艶めかしさは、目の前の女人は本物と信じさせるのに充分だった。
「幽霊に足がないというのは、吉佐さんの住んでいる徳川様の世の絵師、円山応挙先生の幽霊画が始まりですよ。幽霊は足音もせずに現れるから、足がないと言い伝えられたのでしょう。
幽霊は女というのも後々の話です。平家物語に出る幽霊は公家や男の武者が多いのですよ。それも足があり、手には武具さえ持つ者もいます。亡霊なのです。体は朽ちても魂は成仏できずにこの世をさ迷っている霊なのです。幽霊は人を怖がらすものでしょう。
でも私たちの霊は吉佐さんを怖がらすようなことはしません。貴方にお話ししたいことがある、それだけです」
女の背中に垂れた長い髪が川風になびいた。
「話してもいないのにおらの名前を知っているのか。分かった。それでは話とはいったい何だ! 今夜の宿はすぐ近くだから、少しばかりだったら話を聞いてもいいが」
吉佐はその女人に少しばかり興味が惹かれた。
「私たちの身の上話を聞いていただきたいのです」
「私たちというと、何人もいるのか?」。吉佐は女人の言葉尻を捕えた。
「貴方はよく気がつきますね。妾(わらわ)らは五人の遊女です」
「五人とは。お前様たちはみんな遊女なのか?」
吉佐は念を押すように尋ねた。
「そうです。お話を聞いていただけるのならばよいでしょう。それでは、みんな姿を現してください」
女人が右手を上げると、周囲の草叢から四頭の蛍が、光の筋を引きながら飛び出してきた。蛍の輝く色は同じようでありながら、その色合いは微妙に異なっていた。赤みや黄色をおびて輝くもの、青や桃色を帯びた蛍が吉佐の周囲を飛び交った。
まもなく暗い川面を背にして五人の女人の姿が色鮮やかに浮かび上がった。真ん中は、吉佐と話をしていた紫色の品のある着物を着た落ち着いた女人。左手には赤と黄色の色艶やかな着物を着た二人の若い女人、右手には青と桃色の淡く美しい色合いの絹地の着物を着た二人の美しい女人だった。
吉佐は再び度肝を抜かれた。目の前に広がる、夢のような艶(あで)やかな世界は今まで見たことも聞いたこともなかった。草双紙(くさぞうし)で見た、浦島太郎が海亀の背中に乗って連れてゆかれた竜宮城が本当にあるとするならば、目の前に佇む女人は、そんな竜宮の御殿に住んでいる乙姫様のように思えた。
「妾は、決して怪しい者ではありません。まして人にとりつくような魔物でも、妖怪(ようかい)でもありません。人様の情けに縋(すが)って生きてきた遊女なのです」
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