【前回の記事を読む】教え子が「先生、変な人いる。パンツ一枚で、虫かご持ってる。」と…指さす方には、私の父がいた。「お父さん!」と叫ぶと…
父への本心
変なおじさんは、紛れもなくわたしの父だった。悔しくて残念だが、わたしの顔は、産まれた時から、父に似ている。瘤だらけで生死をさまよっても生きながらえてしまうとこなんて、父そのものだ。顔だけでなく、性格も仕草も。だからといってわたしはステテコ1枚で外に行ったりはしない、生徒は唖然としていたが、やがてそれは、笑顔に変わった。
「なんだ、おメラは。さっきいた子だ。優子の塾の子だったんか。言ってくれたらアイス買ってやったど」
「買ってもらえばよかったな、いやぁー、声かけられないよ、あれじゃ」
笑い転げる生徒の姿も、笑われてることを知らずに笑う父の姿も、1枚の絵に収めたいくらい愛しかった。わたしには、父の行動のすべてが理解できる。突然思いたったのだ。わたしの息子のために。だから出かけた。それだけのことだ。
父はなにごともなかったように、いつもの場所に座り水代わりのビールを飲み干した。そしてテレビをつけ横になった。我が家では当たり前の父の行動は異様に映るに違いない。父の故郷の余市のりんご畑は果てしなく広く、ステテコ一枚で走り回っても誰にも会わなかった。そこは父にとっては家の中の部屋のようなもの。人目も気にしない。自分の世界だ。
父は、自分の頭のまわりに余市郡余市町という、土星の環に似た世界観を持っていたに違いない。しかし、私の頭のまわりには環はない。父はともかくわたしは気をつけよう。
わたしが中学生、6つ違いの妹が小学2年生の頃、記憶にある大事件が起きた。我が家のお風呂は、灯油を入れて沸かすタイプだった。父がポリタンクから灯油を入れ、お風呂を沸かすのは恒例だった。その日も父はお酒を飲みご機嫌で、「お風呂沸かすべ。沸かしたての一番風呂はきもちえーど」と、くわえタバコで笑った。
その瞬間、灯油は、床にあふれ、手元の狂った父は、なかなか灯油のこぼれる勢いをとめることができなかった。風呂をたく釜の横には、所謂勝手口があり、わたしたちはダッチドアと呼んでいた。
そのダッチドアは、上下で分かれ、父は悠然と上のドアを開け臭いを消そうとした。そして、ボロ布や、新聞紙で灯油を拭き、なんとか収まったかに見えた時、父は、ホントに灯油が拭き取れたか心配になったのだろう。あろうことが、タバコを落とした。