わたしという名のわたし
藤原優子、68歳。
未熟であることをモットーとしてきた。それはいつか成熟することを目的としていたからだ。
しかしながら、いまだに満足のいく自分にはなれていない気がする。日々生きて毎日の課題をやりこなすのに精一杯。いつも時間に追われている。
ガーデニングをしてターシャ・テューダーみたいな生活をするのが夢だった。
庭を眺め熱い紅茶と自分が作ったジャム入りのクッキーをいただく。夕方までの優雅なひとときを犬や猫と過ごし、夕飯には、手作りパンとスープ。庭で採れたハーブ入りのサラダ。自家製のハム。そんな半自給自足の豊かな生活を送る、はずだった。
現実は、仕事と、家庭と、孫育てと、介護に明け暮れる日々である。そんな中で希望を失わずに懸命に生きようとしている、それが今のわたしだ。
わたしは塾をやって47年になる。子どもたちの笑顔に囲まれ、偏差値にとらわれない教育を目指し歩んできた。行きたい学校に行く。それは、自らをよく知りどう進むべきかを考えていかなくてはならない作業である。
自分の価値を知る。生き方を知る。これは、一生かかっても知り得ないことである。
それは、子どもたちには、本人も知り得ない可能性があるからだ。その可能性を少しでも導き出せるよう、わたしは子どもたちとたくさん話し様々な考えを聞く。
そして、その子の紡いできた歴史に思いをはせる。そのような中から本人の知り得ない未知への夢を育んでいく手助けをしていく。教育という過程を通してわたしは未来を創っているのだと思うと、仕事に対するワクワクが止まらない。
そうこうして47年がたった。わたしはこれからも塾の先生として生きていく。