【前回記事を読む】仲間内でも口に出せない、アル中の“最期”──ほんの数日、姿を見せない間に「死んだ」らしい。腐乱死体で発見されることもあって…
第一章 悲の断片
第三節 仲間たち
私は方向感覚を失い、見当識(けんとうしき)を失い、自分の感覚を失った廃人として、亡霊のように仲間のあとに付いて行くばかりだった。通り縋(すが)りの道端に死んだように横たわるホームレスを見る度(たび)に、自分が彼らと同じであることを思った。
私は自分がもはや人間の資格も条件(じょうけん)も持っていないことを思った。そしてこんな惨(みじ)めな生き恥をさらして、自分が生き残ったことに何か意味があるのかと、自分で自分に問い掛(か)けてみて、答える言葉を持たなかった。
回復(かいふく)のプログラムと言えば、一日に三回のミーティングをこなすことだった。私はそこで来(く)る日も来る日も、ひたすら自分の罪を告白し続けた。ほとんどは自覚なしに犯(おか)した罪だったが、中には、悲しんで犯した罪もあった。
親不孝の数々はもとより、私を愛してくれた人々をあとに残(のこ)して去ってきた。そうして私は多くの人々を裏切(うらぎ)ってきた。それは罪と言っても、敗北を重(かさ)ねた人生の絶望(ぜつぼう)そのものだった。
――学校生活から疎外(そがい)されて孤独な浪人生活を送ったこと。信仰を得て、立ち直(なお)ろうと、医者を志(こころざ)したが、受験に失敗したこと。文系の大学に入って、学生運動に与(くみ)したが、落伍(らくご) して仲間を見殺しにしたこと。様々(さまざま)の職を転々としたが、酒なしにはどんな労働にも耐(た)えられなかったこと。――
そして、飲酒によるブラックアウト(記憶喪失)の中で暴(あば)れもしたし、人の車に激突する交通事故もした。そして仕事に耐(た)えきれなくて、幾度(いくど)となく仕事を投げてきた。それがどんなに人の怒(いか)りを買ったことだろう。最後に自分の店(みせ)を持(も)ったが、それも酒に病(や)んで破産(はさん)させてしまった。
それからは、アル中として社会から疎外されていき、ついには連続飲酒の中で、風雪の山野をさ迷(まよ)った。そして死ぬべくして死にきれないで助けられ、この施設に入(い)れられた。私はミーティングの中でそんな敗北の人生を繰(く)り返(かえ)し語っていった。