【前回記事を読む】【鳥取・倉吉】地名についた「クラ」の意味——「神楽(かぐら)」・「鞍馬(くらま)」と読むように、神の魂が関係していて…
第一章 悲の断片
第三節 仲間たち
そして、その日、救われて、アル中の施設に収容(しゅうよう)された自分がいた。そこでひとまずは身を寄(よ)せる場所を与(あた)えられたことに感謝した。
それにしても、自分がアル中の狂人として囚(とら)われ人となることに恐怖を覚え、酒を断たれた禁断症状の兆(きざ)しに怯(おび)えながら、自分の運命から逃(のが)れようとしていた。
過去の一切が失(うしな)われ、未来の一切が暗黒の中にあるだろう。これまでどんな集団生活にも耐(た)えられなかった自分が、今更(いまさら)この収容生活に耐(た)えていけるものとはとても思(おも)えなかった。
施設の女医(じょい)さんに「私は自分がアル中であるとは思(おも)えないのです」と問い掛(か)けると、彼女はいかにも落ち着いて「ええ、アル中は否認(ひにん)の病気と言って、必ず自分はアル中ではないと言(い)うのです。
自分がアル中だと思(おも)っているアル中なんて世界中に一人もいませんよ」と言って微笑(ほほえ)んだ。私の中で何かが崩(くず)れ、思い付くままに「それでは自分の力で酒を止(や)められなかったのはなぜでしょう」と聞(き)いていた。
彼女は「あなたが自分の力で、アルコールを止(や)められたなら、あなたは病気ではありません。止(や)められないから、あなたは病気なのです」と答え、私は首を振(ふ)って「これから私はどうなるのですか」と呟(つぶや)いていた。彼女はちょっと私の顔を見(み)つめてから言った。
「先のことを考(かんが)えたら、私だって不安になります。先へ先へと突き詰(つ)めていけば、どの道(みち)、死ぬことに行き着くのですからね。しかし、あなたは少なくとも、今、この時(とき)は生きているのです。
生(い)きるとは、今、この時を生(い)きることなのです。今日一日ですよ。先のことなど考えないで、今日(きょう)一日をひたすら飲まないで生きるのです。
そういう一日一日を積み重(かさ)ねていけば、いずれ、あなたはこの病気から回復(かいふく)している自分に気付くことになるでしょう」
私は彼女の言葉を聞きながら、ただ黙って肯(うなず)くしかなかった。それでも、動物の檻(おり)に入れられるような恐怖が残った。
閉塞(へいそく)された集団が死へと追い詰(つ)められたなら、人間性を失(うしな)うのは当然のことに思われた。施設のスタッフに促(うなが)されて、古い階段を軋(きし)ませて、二階のミーティング場に上がると、十数人のメンバーに紹介された。