彼らは笑顔と拍手で私を迎(むか)え容(い)れてくれた。私はそれをも不思議な気持ちで受け止(と)めた。なぜというなら、私は久しく孤独の中で生きてきて、人間扱(あつか)いされたことも、仲間扱(あつか)いされたこともなかったからだった。

しかし、確かに、彼らは私と同じ病(やまい)を患(わずら)った同じ仲間たちであり、同じように世間から見捨(みす)てられた同じ仲間たちだった。私はそんな彼らにやっと共感にも似た感情を覚(おぼ)えて少しく安堵(あんど)した。

勿論(もちろん)、規則づくめの施設の生活は辛(つら)いものだった。ここでは自分の考えを使ってはならないという。ここは鉄格子(てつごうし)のない刑務所だったのだ。

それでも、皆が絶望を背負(せお)いながら、互いに笑(わら)い合っているようなところがあった。皆が自分の死を前にして、気さくに仲間たちと何かを共有(きょうゆう)しようとしていた。

無論、中にはやはり意地(いじ)の悪い、変質者のような人もいて、人を攻撃しようと、目を光(ひか)らせていた。ここは人間の光明面(こうみょうめん)と暗黒面とが、ないまぜになった矛盾(むじゅん)の場でもあったのだ。

それでもなお、ここで生き抜(ぬ)くためには、自分を超えた永遠的なものを信(しん)じて、無になりきって行動していくことが必要だった。それが真(しん)の自分を取り戻(もど)すという回復でもあるだろう。

光と影のはざまで病(やまい)の苦しさに喘(あえ)ぎながら、仲間たちと共にしたここでの生活を、いつかは懐(なつ)かしく思い出す時もくるだろう。その時のくることを祈(いの)りながら、今日一日を、ひたすらここに生(い)きるしかなかった。

私の周(まわ)りにいた仲間たちは、同じアル中といっても、様々(さまざま)な人となりと症状を持っていた。肝臓と膵臓(すいぞう)の疾患を併発して真っ黒な顔をしている仲間、骨頭壊死(えし)になって足を引きずって歩く仲間、摂食(せっしょく)障害で骨と皮になった仲間、幻覚に導かれて街(まち)をさ迷う仲間、……。

中に車椅子(いす)に坐った仲間がいて、もとはと言えば、ジャズのバンドマンだったという。その青春は酒を飲(の)んで、薬物を打っては、セックスに明け暮れる毎日だったという。

確かに、ボロボロになった体が、その青春の想(おも)い出の偽(いつわ)りでないことを物語(ものがた)っていた。

さらに悲惨なのは、コルサコフ症という脳萎縮(いしゅく)の仲間で、脳ばかりか、体まで萎縮(いしゅく)して、病院の地下室でサルのようになって死んでいくという。

もっとも、脳萎縮(いしゅく)の症状は、多かれ少なかれ誰(だれ)もが持っていて、それ相応(そうおう)に記憶障害や感情障害に苦しんでいた。私自身、鉢巻(はちま)きで頭を締め付けられているような感触が、いつまで経(た)っても取れなかった。

 

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